與能(よの)神社

亀岡市曽我部町寺蛇谷1 (平成31年4月6日)

東経135度32分59.99秒、北緯34度58分45.80秒に鎮座。

この神社は、京都縦貫道・亀岡ICの南西3km程の辺り、蛇谷の街外れに鎮座しております。

御祭神 事代主命・健御名刀命・天照皇大神・天児屋根命

由緒
与能神社(延喜式内社)曽我部町寺
祭神として事代主命(えびすさん)建御名刀命(諏訪さん)天照皇大神(お伊勢さん)天児屋根命(春日さん)の4神を祀る。
諸国鎮座神秘抄によると奈良時代に四道将軍丹波道主命を国家の平和鎮護の為祀った与能神宮寺が起源とされ、現御旅所を中心に、曼荼羅堂、講堂等寺区全域に伽藍を誇り、皇室の崇敬篤く口丹波南部の中心として隆盛をきわめたが鎌倉時代以後兵火にあい焼失した(礎石、古瓦が現存)また「谿端與能宮旧記」によると、空海が嵯峨天皇の命により神宮寺を開き奥院露堂で護摩修行を行い、後嵯峨天皇の代に村山、与能など八庄を神領として寄進を受けたとされる。
立派な彫刻のある本殿は三間社流造で、現存する慶長8年(1603)の棟札によると社殿が文応元年(1260)に建立され、慶長元年(1596)に地震により倒壊し、同8年(1603)に再建されたことがわかる。現在の本殿は正徳4年(1714)に改修されたものと考えられる。境内には応永21年(1414)の銘のある 石灯籠があり、境内の百太夫社は芸能の神としてその方面の崇敬をあつめている。
境内由緒書き より。

神社入口

拝殿

境内入口

境内入口の狛犬。拡大写真はこちら。

(明治38年(1905)建立)

本殿


祇園社

末社

乾天満宮鳥居

乾天満宮社殿