新開(しんかい)大神宮

熊本市南区内田町1266(平成24年4月7日)

東経130度39分4.65秒、北緯32度44分25.27秒に鎮座。

 この神社は川尻駅の西約3kmに鎮座しています。開けた田園地帯の一角に大きな杜が見えるとそこが神社で、入口には神橋が架かり、左右の玉垣の中を参道が通っています。参道脇には土俵が設えられ、明神鳥居を潜ると境内。大きな楠が何本も聳える境内を進むと、数段の石段上に台輪鳥居が建立され、妻入りの拝殿、流造の本殿が狛犬に護られて建立されています。
 この社は熊本で良く目にする「神風連の変」を起こした敬神党の中心人物・太田黒伴雄が宮司をしていたお社で、明治維新を迎え、秩禄処分や廃刀令、急速な欧風化に反発して結成された敬神党員170人は、新開大神宮で神のお告げを仰ぐ「宇気比」の儀式を行い、神託のままに明治9年(1876)10月24日挙兵し、熊本城内の政府軍を襲撃したのだそうです。今年はNHKの大河ドラマも「八重の桜」という福島県(会津)での同時期(幕末から明治期)のハンサムウーマンの物語です。幕末から明治初期にかけては学校では習うことがない多彩な事件・逸話が日本中で起こっていたのでしょうね…、興味深いですね…、もっともっと色々な地方に行って、その地方の知られざる歴史を沢山勉強したいですね。

 御祭神:天照大神、豊受大神
 祭礼日:1月元旦・歳旦祭、1月3日・元始祭、鎮火祭、成人の日祭、1月15日・月次祭、2月1日・月次祭、2月3日・節分祭、2月11日・建国記念の日祭、2月15日・月次祭、2月17日・祈年祭、3月1日・月次祭、3月3日・上巳祭(ひな祭りの祭)、3月15日・月次祭、3月26日・春季祭(春の大祭)、4月1日・月次祭、4月9日・神御衣祭、4月15日・月次祭、4月29日・昭和祭、5月1日・月次祭、5月5日・子供の日祭(端午の節句)、5月15日・月次祭、6月1日・月次祭、6月15日・月次祭、7月1日・月次祭、7月15日・月次祭、7月20日・夏越しの大祓式(人形さんご祈祷)、8月1日・月次祭、8月15日・月次祭、9月1日・月次祭及び八朔祭(風鎮祭)、9月15日・月次祭、10月1日・月次祭、10月15日・御大祭御夜祭、10月16日・御大祭献幣式、11月1日・月次祭、11月3日・明治節祭、11月15日・月次祭および七五三祭、11月23日・新穀感謝祭(旧 新嘗祭)神宮大麻頒布始め祭、12月1日・月次祭、12月15日・月次祭、12月16日・大神宮祭、12月23日・天皇誕生日祭(天長節祭)、12月31日・大祓祭 除夜祭
 由緒:文安元年(1444年)初代宮司にご託宣(神さまのご啓示)が下り、文安2年(1445年)にご鎮祭、お社に神さまが宿られた。初代宮司を太田黒孫七郎(おおたぐろ まごしちろう)という。
 初代宮司が文安元年のご託宣をいただき、ご鎮祭の佳日を迎えるが、その経緯には伝説がある。
 もともと一年に一度、必ず伊勢神宮を参拝されいたが、次第に月に一度、その後ご託宣を頂戴する頃には天空から舞い降りてくる大きな白鳶に乗って「空を翔り」熊本・伊勢神宮を往来され日参なされていたそうである。その姿に近隣の人々は「飛行孫七郎」とか「飛行神」とか呼ばれていたらしい。
 太田黒孫七郎はご鎮座以前より『禊ぎ』を日課として務められており、ご鎮座後も禊ぎはつづき神明奉仕に務められ、康正三年孫七郎九十七才のある日、「私はこれから高天の原、神さまの世界へと詣でることになったので、これからは二つの世界を往来し、末永く子孫を守るであろう・・・云々」と言葉をのこされて天空から舞い降りてきた大きな白鳶に乗って大空高く舞昇られた。
 他では類例を見ない創建の経緯をもつお社であるから、当初より領主菊池持朝公の熱心な崇敬をいただき、さらにこの出来事は朝廷をも知られるところとなり、ありがた いご尊崇を賜った。しかし安土桃山時代、佐々成正により社殿等の焼失にあう。
 その後、加藤清正公が国主として赴かれると、熊本城築城にあわせ神社や寺の再建に 尽力され、以前にも増した再建を得て、加藤清正公はじめ歴代藩主の直参を頂いた。
 時は流れ、幕末・明治維新を迎える頃には熊本にとどまらず日本の碩学であり、肥後 国学の祖と称される「林桜園」の熱心な崇敬と、翁を師と仰いだ宮部鼎蔵ら「肥後勤王党」とその後の「神風連」が最も崇拝・信仰した神社である。昭和には、三島由紀夫氏も参拝されて代表作「豊饒の海」を上梓、第二巻「奔馬」には「神風連史話」と して当大神宮や当時の様子が記されている。(「新開大神宮公式サイト」より)

神社遠景
社頭
神社入口
入口に架かる神橋
参道の様子
参道脇に設えられた土俵
参道途中に立つ一の明神鳥居 鳥居に掛かる額「大神宮」
手前側、境内の様子
社殿の建つ境内入口とにの台輪鳥居
拝殿前、建立年代不明の狛犬
大きな垂れ耳で、優しい目、阿は口中に玉を含み、阿吽共に綺麗に並んだ歯列を持っています。やや上向きの顔は笑っているようにも見え、苔生した身体が貫禄を見せています。
狛犬の拡大写真はこちらで
妻入りの拝殿
流造の本殿

境内社?

ご神木・大楠
ご神木・大楠 ご神木・大楠
境内と外側から見た鎮守の杜の様子