水分神社・菅原神社

熊本市中央区渡鹿6(平成24年4月8日)

東経130度44分19.99秒、北緯32度48分30.94秒に鎮座。

 この神社は白川左岸近く、渡鹿井島山緑地北に鎮座しています。
 初め、参道は大鳥居が建つ参道入口から約110m程東に向かい、突き当たりを左折。北に約40m程進むと住宅地の陰に大樹が見え、境内入口に二の鳥居が建立されています。境内には綺麗に砂利が敷き詰められ、正面に妻入りの拝殿、神明造りの本殿が建立されています。又、境内社も二社祀られ、珍しく資料館が建造されています。
 境内東側からは蕩々と流れる白川の様子が見られる、静かで気持ちの良い神社でした。

 御祭神:水分神、管原道真公
 祭礼日:1月11日、10月25日
 境内社:早鷹神社荒神社
 由緒:往古は 早鷹神の森(現在渡鹿5丁目)として 古代人の信仰の寄り所であり 集いの場所であった。
 さて 延喜3年(903年)管原道真公が没せられたので 神の森は早鷹天神となった。ついで 天正16年(1588年)に 熊本城主加藤清正公が 白川から 田迎 出仲間方面への田畑の水路(一、二、三の井手)をうるおす為に渡鹿堰を完成された。清正公は大喜悦され 堰の守護神(水分神)と 早鷹天神の分神(管原道真公)を尊崇するようにと現在地に神社を創建された。 この渡鹿堰の水路で 三千町歩の田畑から 見事な肥後米が生産された。
 然し 時代の推移と共に 御社殿が破損し 宝永8年(1711年)享和2年(1802年)と他 数回にわたり 本庄 田迎 長溝 大江方面の水利関係者の寄付と奉仕により 修理された。
 さて 近年になり 破損が甚だしいので 再建の運びとなった。今日に至る迄に 実に 1080年以上の歴史が刻まれている。

参道入口に立つ大鳥居
大鳥居に架かる額「天満宮」 大鳥居傍の案内板「水分神社 菅原神社」
大鳥居から約110m程東に向かう参道
突き当たりを左折。北に約40m程進みます。
社頭
神社入口
入口に立つ二の台輪鳥居 鳥居に架かる額「天満宮」
境内の様子
拝殿前、中国製岡崎現代型狛犬
妻入りの拝殿
拝殿内の様子
神明造りの本殿

境内社:早鷹神社
境内社:荒神社

資料館
ご神木・エノキ
境内東側から見る白川の様子