南国市日吉町1(平成19年4月1日)
この神社はJR土讃線・後免駅と土佐くろしお鉄道ごめん・はんなり線・後免西町の中間に鎮座しています。結構な市街地の中にありますが、きちんと鎮守の杜が残され、社地も広く、境内社も八社余り祀られ、流石旧郷社…と感心しました。
御祭神:大山咋命
例祭日:8月3日・夏祭、11月3日・秋祭
境内社:日吉三王権現、天満社、八幡宮、竃神社、恵比須神社、秋葉神社他
由緒:高知県神社史には創建は不詳ですが、古来当地の産土神であると記されていますが、元大嘯フ内稲吉の産土神でもありました。承応元年(1652)後免町御免許の時日吉三王権現の社地をひろげ、現在の形(社殿に改築)になったのは元禄3年(1690)で、その後天保2年(1831)の増改築を経てからです。
明治5年に郷社となり現社名に改称しました。
「後免町御免許」とは、江戸時代初頭までこの辺りは石や岩の多い荒れた土地「埆(そね)」で、開墾する者は皆無だったので、承応元年(1652)藩により「この地の開発者には税金を免除する。税金は御免じゃ。」ということで開墾が始まり、やがて大きな集落へ発展していったのだそうです。そして後世、「御免」が転じて「後免」になったということです。
境内、表参道入口 |
表参道入口にいる文政6年(1823)生まれの太め素朴狛犬。 平面的な顔つきで人間の目のような目尻や瞳があり、太めで寸胴の身体を、逞しい前脚を踏ん張って支えています。阿はカール吽はストレートの鬣で、天狗の葉団扇のような尾をお尻に貼り付けています。この年代の狛犬としては純朴で微笑ましい感じの狛犬です。 狛犬の拡大写真はこちらで |
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(文政6年(1823)9月16日建立) |
拝殿 | 本殿 |
境内社・日吉三王権現 | 境内社・天満社、八幡宮 |
境内社・竃神社、恵比須神社 | 境内社・秋葉神社 |
裏参道入口にいる大正12年生まれの狛犬。 阿は太鼓を前脚で太鼓を踏みしめていますが、この太鼓乗りの狛犬は朝倉乙の若宮八幡宮、天神町の潮江天満宮で見かけましたが、多分土佐独特のものではないでしょうか? それに対して構えの吽は紐を咥えています。石工さんは、太鼓の紐を咥えさせることにより「一緒に支えている」という一体感を表現したかったのでしょうか? 狛犬の拡大写真はこちらで |
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(大正12年(1923)1月吉日建立) |
お隣の空き地では高知名物「闘鶏」の練習のためか、シャモが沢山運び込まれていました。「闘鶏」とは、軍鶏とも呼ばれる気性の荒いシャモを闘わせるもので、12月の第1日曜から開催される闘鶏を皮切りに、6月最終日曜まで、毎週日曜日に開かれ、大勢の観戦者で賑わうそうです。 | |