紀伊神社

小田原市早川9(平成18年11月11日)

 この神社はJR東海道本線・早川駅の南南西約600m、国道135号線より一本西よりに走る旧道沿いに入口が面しています。ところが境内は東海道本線の向こう側にあり、参道途中の頭の上に東海道本線が通っていました。その奥の市指定天然記念物 となっている古木の林立する鎮守の杜は、市街地化して緑の少なくなってしまった小田原市では、貴重な存在となっているようです。中でも御神木の大楠は、その姿・幹回りなど偉容を誇っていました。社殿などは、ごく一般的な村社といった佇まいでしたが、大正11年生まれの籠に保護された招き型陶器製狛犬は、狛犬ファンには一見の価値ありと思われます。

 案内が見にくいのでここで書き出すと「早川の氏神様で、往古は木宮大権現、のち紀伊宮大権現と称され、土地の人からは「木の宮さん」と呼ばれ、箱根物産木工業の人たちに昔から崇拝されてきた神社である。
 神社縁起によれば、貞観年中(859〜876)の創建で、祭神は五十猛命と惟喬親王(文徳天皇の第一皇子)とが奉祀されている。木地挽(轆轤師)の開発者といわれる惟喬親王は、天安2年(858)京の都を追われて伊豆(河津)に流罪となったが途中嵐にあい国府津海岸につき、早川の庄に至りこの地で没したといわれ、当時親王の付人が木地を挽いて、朝夕の奉仕の料に当てたといわれている。また、この地には「木地挽」と言う字名が現存するが、この字名はその名残りであると言う。
 なお紀伊神社の社宝である「木地椀」は小田原市の重要文化財に、社叢は天然記念物にそれぞれ指定されており、中でも社殿前のクスノキは市内で最大の老木である。 」となっています。
 例大祭は毎年4月24日近くの日曜日に執り行われ、西組、東組、上組(紀上会)、港睦会による彫刻などの施された豪華な山車4台が、華やかな彩りを添えているようです。

社号標 神社入口、明神鳥居
両参道脇は人家となっています。
市指定重要文化財・小田原の道祖神
参道の様子
参道の上を東海道本線が通っています。
境内への階段
境内から振り返ると、すぐ下に
東海道本線の線路が見えます。
神仏混淆の名残か
未だに鐘楼が建っていました。
大正11年生まれ、金網の籠に捕らわれた陶器製狛犬。
阿は玉を持つ構え。吽が変わっていて胡座をかいた招き狛犬です。
沢山の狛犬を見てきて、招き狛犬と会ったのは数回ありますが、
胡座をかいている狛犬は初めてです。
ましてや、焼き物の狛犬は備前焼に代表されるように、
画一的なものが多く、こんな変わり種は他にはないのではないかと、
何処で作られたものか興味がありますが、生憎、作者は分かりませんでした。
雨の中、金網の中に居るので写真写りが極端に悪いのですが、
小首を傾げて「おいで、おいで」をしている様は、ほんとうに可愛かったですよ。
この子は是非ご自分の目でご覧になることをお薦めします。
(大正11年7月建立)
拝殿 本殿覆い屋
境内社 山車庫
昭和10年生まれ、境内社前にいる小さな江戸型狛犬。
この地域でよく見かけた、火山岩の台座の上に四角い台座を置き、
其の上に阿は子狛を、吽は玉を持って鎮座しています。
頭が大きく、上半身の逞しい子達です。
(石工・鴨下 新久?親次郎  昭和10年建立)
御神木・大楠
当神社の社叢は市指定天然記念物ですが、
中でもこの大楠は市内最大級の老木です。
この他社叢は、タブノキ、ケヤキ、イヌビワ、
スギ、サワラなど広葉常緑樹や落葉樹、
針葉樹が混生し、中でもケヤキは、
山林部の社叢の主体となっているそうです。
大楠の下に
祀られるが如く置かれていた
シャコ貝
末社三社
神楽殿
狛犬の拡大写真はこちらで