秋葉大権現

川崎市麻生区上麻生6-34-1 (令和6年12月19日)

東経139度30分10.36秒、北緯35度34分52.10秒に鎮座。

【神社情報・「狛犬さがし隊Kさん」より】
この神社は、小田急電鉄小田原線・柿生駅の南南東500m程の辺り、上麻生の街中に鎮座しております。

御祭神 秋葉大権現

由緒
当山の鎮守、三尺坊秋葉大権現は遠州犬居村(現在の浜津市天竜区春野町)、大登山秋葉寺に祀られていた尊像と同じく、行基菩薩の作と伝えられており、慶長年間(1596〜1614)よりこの地を知行していた旗本三井家によって勧請されたもので、その本地本尊は十一面観音菩薩である。
三井家の祖先、三井吉盛は元々武田氏の家臣山縣昌景に仕えていたが、武田氏滅亡後徳川氏の麾下となり、天正12年(1584)、小牧長久手の役に出陣し力戦の果て討死した。その子吉正は父の武功を留め、追福作善のため、元和元年(1615)、領地であった上麻生村に一寺を創建し、吉盛の法名(譲誉道本居士・寿光院殿清誉浄慶大居士)から浄慶寺と名付けたと伝えられる。
旗本三井家は当初、都筑郡の他に遠州城東郡にも知行地があったが、宝暦13年(1763)、遠州の領地が相良藩主田沼意次の所領となったことから同国志太郡に采地をを移された。その際、元領地、城東郡此木村にあった秋葉大権現を浄慶寺の境内に遷座し、領地の村に火防厄難消除、五穀豊穣庶民安穏をもたらす神として祀ったもので、古くから信仰をあつめ、永きにわたり<を日待ち講>として毎年大祭が営まれてきた。・・・・・・
境内由緒書き より。

鳥居

参道

参道左右の狛犬。拡大写真はこちら。

(年代不明)

拝殿

拝殿前の狛犬。拡大写真はこちら。

(年代不明)

拝殿より見る参道


参道脇の狛犬と石仏

狛犬前の狛犬

獅子舞