冠嶽神社

いちき串木野市冠嶽(平成22年1月7日)

東経130度21分9.09秒、北緯31度44分25.57秒に鎮座。

 39号線にある冠嶽園入口バス停から北に入り、五反田川を渡ると直ぐに狛犬と仁王像が建っています。案内に依ると、仁王像と狛犬は明治初年の廃仏毀釈により、うち捨てられていたそうですが、昭和34年に有志が復元し此処に置いたのだそうです。鹿児島藩では廃仏を断行し、数年間は藩内に一寺院もなく一人の僧侶も見られなかったという程の徹底ぶりですから、この仁王と狛犬が残されていただけでも奇跡、と考えるべきなのでしょう。
 神社はここから更に500m程北に入った冠嶽(標高516m)南西麓、花川砂防公園東に鎮座しています。
 広い駐車場の奥には花川に架かる朱の神橋が架かり、明神鳥居を潜ると神仙岩や神眼木のアベマキ、門守神社があり、紅い灯籠が立ち並ぶ参道を進むと、中国狛犬が護る拝殿、本殿が建立されています。本殿両脇には大国主神、豊受姫命が祀られる境内社が建っています。神社後方には雄大な仙仁岩が聳え、神社左側には綺麗に整備された花川砂防公園や鎮国寺頂峯院大師堂や坊主墓などが見られます。
 冠嶽は金峰山(南さつま市)と共に薩州二大霊山といわれ、古くから薩摩の山岳信仰の中心だった所で、山麓一帯は、冠嶽神社の他、鉄国寺、阿弥陀堂など神社や仏閣が多いところでした。その信仰を支えた山が、冠嶽連山中の東嶽、中嶽、西嶽と呼ばれる冠嶽三山で、もっとも高い西嶽の標高は516m、遠くから眺めると貴族の被る冠の様に見え、そこから「冠岳」と呼ばれるようになったとも言われています。又、山名の由来ではもう一つ、秦の始皇帝の時代、不老不死の薬を求めて日本までやって来たという伝説の人・徐福が、市内の照島海岸に上陸後、荘厳な霊峰に至り、封禅の儀を行い、自分の冠を山頂に留めたので、以来「冠岳」と呼ぶようになったとも伝えられています。

 御祭神:櫛御毛野命、摂社:大国主神、豊受姫命、門社:豊岩窓神、櫛岩窓神
 祭礼日:1月1日・歳旦祭、1月7日・七草詣、2月3日・節分祭、2月11日・紀元祭、3月20日・春分祭、4月19日・春季例大祭、4月29日・昭和祭、6月最終日曜日・夏越の大祓、9月23日・秋分祭、10月17日・神宮神嘗祭 伊勢神宮遥拝、10月29日・神宮大麻頒布奉告祭、11月15日・七五三詣、11月23日・冠嶽神社秋季例大祭・新嘗祭、12月23日・天長祭、12月31日・除夜祭、毎月1日・朔日祭、15日・月次祭
 境内社:門守神社、大国主神、豊受姫命
 由緒:東嶽神社のことで熊野三社権現の本宮である祭神の櫛御毛野命を祀っており、御祭神名から「くしきの」の地名が起こったともいわれている。

 この地は、飛鳥時代の政治家である蘇我馬子が6世紀の中ごろに天皇の勅願所として熊野権現を勧請し、冠岳三所権現と興隆寺を建立し、後に阿子丸仙人が天台宗を開いて真言宗鎮国寺頂峰院とし、仏教普及の地となったところで、古代山岳仏教発祥の地であり、真言密教開祖の地として知られています。藩主島津家歴代の信仰も篤かったのですが、明治2年の廃仏毀釈により焼かれてしまい、神社だけが残されましたが、昭和58年、鎮国寺頂峰院は百年ぶりに法灯が灯されました。
 11月23日に冠岳花川砂防公園一帯で開催される「かんむり嶽参り」は、柴燈護摩供養、冠嶽神社秋季例大祭、かんむり嶽山市の三つを指し、修験者・山伏姿の方々が全国から集い、護摩木をたいて無病息災を祈る護摩供養が行われます。
(「鎮国寺頂峰院公式サイト」参照)

冠嶽園入口バス停から北に入り、五反田川を渡ると直ぐに道路脇に置かれている狛犬
案内に依ると、仁王像と共に明治初年の廃仏毀釈により、暫くの間うち捨てられていたそうですが、阿像の顔面が少し崩れているのと、吽像の前脚に補修の跡が見られる程度で、全体としてはかなり良い状態で残されています。阿吽の位置が反対で、顔つきは狛犬と言うよりは仁王様のような吊り目と、引き締まった口元をしています。背骨がゴツゴツと飛び出し、肋骨が線で現されています。尾は何本かの紐状の塊が背に張り付き、鬣は笏谷狛犬の様に短めのストレートヘアで方までしかありません。鹿児島の狛犬文化は独特なので作成時期の特定は難しいのですが、1700年代までの物ではないかと考えています。
狛犬の拡大写真はこちらで
冠嶽園入口バス停から北に入り、五反田川を渡ると直ぐに道路脇に置かれている仁王像
社頭
花川に架かる神橋
参道入り口に立つ明神鳥居 新旧の社号標二基
神仙岩
神眼木・アベマキ
見る人の心持ちによって色々な表情に変わるそうです。
私?…勿論穏やかな優しそうな目に見えましたよ…。本当?
参道の様子
門守神社(豊岩窓神、櫛岩窓神)
石段参道
拝殿前石段下にいる阿阿の中国狛犬
(平成4年(1992)3月吉日建立)
境内入口
拝殿
拝殿内の様子
本殿
境内社:豊受姫命 境内社:大国主神
神社後方に聳える仙仁岩
花川砂防公園の様子
坊主墓
神社直ぐ西にある鎮国寺頂峯院大師堂