田村神社

高松市一宮町286 (平成21年3月27日)

東経134度01分47.95秒、北緯34度16分59.83秒に鎮座。

この神社は、琴電琴平線・一宮駅の北東600m程に辺りに鎮座しております。しかし、参道入り口は線路に面しており琴電の踏み切りからすぐに一の鳥居が見え、そこから北へ伸びる参道を500m程行くと境内となります。多分こちらから参拝する人は稀で、大半は社殿東か、北側の駐車場より境内に向かうと思われます。讃岐國一宮で由緒ある神社のようですが、街中にあるせいもあり、やや雑多な、落ち着かないといった印象の神社でした。又、さぬき十五社一つであります。境内案内図はこちら。

御祭神:倭迹迹日百襲姫命・五十狭芹彦命(吉備津彦命)・猿田彦大神・天隠山命(高倉下命)・天五田根命(天村雲命)
以上五柱の総称を田村大神と申す。

当社の起源は極めて古く社記によれば和銅二年(709)に社殿が創建されたとあり往古より「田村大社」「定水大明神」又は「一宮大明神」とも称され、人々より篤く崇敬されてきた。
嘉祥二年(849)従五位下に叙せられ貞観三年(861)官社となり名神大社に列せられ、讃岐國の一宮に定められて後は神階を授けられ建仁元年(1201)正一位の極位に叙せられた。
当社の奥殿の床下には深淵があり、厚板でこれを覆い殿内は盛夏といえども凄冷の気が満ちていて古くから神秘を伝えている。又領内で水旱があれば領主奉行は必ず先ず当社に祈願したといい、定水大明神と称される所以である。
奥殿深淵には龍が棲み、覗いたものは絶命するとされて、開かれたことがない。
古来、讃岐は雨が少なく、古代から溜池が作られてきたが、当社付近は香東川の伏流水が多い地域で、農耕に欠かせない湧き水への信仰が、祭祀につながったと考えられている。
田村神社公式サイトより。

琴電の線路際に立つ社号標と一の鳥居。左手は御旅所。

参道入り口の琴電

ここから玉垣に囲まれ、ここが実質的には参道入り口でしょうか。左は國幣中社。右の石碑は延喜式名神大一宮正一位田村神社と書かれています。

二の鳥居

長い鬣と短い尻尾。とてもユニークな狛犬です。拡大写真はこちら。

(寛政元年(1789)冬建立)

参道

参道途中ブロンズの狛犬。拡大写真はこちら。

(大正15年(1926)10月7日建立)

さらに参道奥、随神門前、高松魚市場奉納の狛犬。拡大写真はこちら。

(天保13年(1842)8月吉日建立)

随神門

三の鳥居

本殿

奥殿

宇都伎社。衣食住の社。さぬき七福神布袋尊。

素波倶羅社

素波倶羅社を護る狛犬

あわしまさん

天満宮

姫之宮

七福神

宮嶋社

色っぽい弁天様 龍神と宇駕神でしょうか

連鳥居

裏参道を護る現代型出雲構え

毘紗門天 子育布袋尊

倭迹迹日百襲姫命と桃太郎でしょうか。

殉國之霊

琴電踏切近くの御旅所