麻賀多神社

成田市台方・麻賀多神社の拝殿

麻賀多神社が分布するのは、印旛沼の東岸から南岸にかけての台地で、成田市台方・船形・米野・佐倉市鏑木町・大蛇町・飯野・飯田・岩名・大佐倉・江原新田・大篠塚・城・太田・高崎・印旛郡酒々井町酒々井・下台、同郡富里町中沢・新橋の4市町18地区に各1社の計18社である。これを称して「麻賀多十八社」と呼んでいる。県内はもとより全国でここだけに分布する神社で、本社は成田市台方の麻賀多神社とされ、『延喜式』神名帳に「印旛郡ー座小 麻賀多神社」と記載されている。台方から約800メートル北方の船形にある神社は、その奥宮である。
麻賀多神社は印波国造一族の守護神として、また当地方(『和名抄』に記載される印旛郡八代郷)開墾の神として祀ったものであろう。その後一族が分散するにともない、その土地にも麻賀多神社を分祀したのであり、現在の麻賀多神社の分布地は古代における印波国造一族の掌握圏内にあったと考えられる。そして麻賀多神社が印旛沼を渡った北岸には一社も存在しないことから、印波国といっても沼の北側(現在の印西町、本埜村、印旛村など)は、国造の強い支配が及んでいなかったといえよう。
印旛沼周辺の神社と古代氏族  より

鎮座している千葉県は古来、麻の産地であり「総国・ふさのくに」の総は麻を表しております。その中にある印旛地方は下総国成立以前は印旛国であり、朝廷よ り国造(くにのみやつこ)が派遣されておりました。その国造に多一族の伊都許利命が就任してたとの記録が先代舊事本紀に記載されております。その国造が代 々祀ってきたのが当社であり、「麻の国で多氏が賀す神の社」と訓読みすることが出来ます。
鏑木町・麻賀多神社公式サイトより。