角掛神社

滝沢市湯舟沢34 (平成26年8月20日)

東経141度06分01.59秒、北緯39度45分42.28秒に鎮座。

この神社は、滝沢市役所の北東4km程の辺り、盛岡のベッドタウンなのでしょうか、新興住宅に囲まれ鎮座しております。

御祭神 坂上田村麻呂

由緒
桓武天皇、延暦20年(801)征夷大将軍坂上田村麻呂が東夷征伐の勅命を受け霧山岳(現在の岩手山)の巨魁高丸即ち悪路王及び、大武丸吹落を霧山岳山麓一本木付近で討つ。村人達はその威勲追慕のあまり神社をつくり田村麻呂を祀った。時が進み、江戸時代津軽の殿様が参勤交代の為、牛に乗り此の神社の前を通ったとき、如何なる由なるか、牛の角が欠け落ちた。ある村人が、それを社殿に掛けた事から、誰云う事無く角掛神社と呼ばれるようになった。
境内由緒書き より。

由緒
桓武天皇延暦20年(801)坂上田村麻呂勅命により東夷征伐の折、達谷窟に悪路王、赤頭兄弟の暴威を誅して北進し、岩手山麓に潜伏する酋長大武丸をも誅伐した。ここにいう大武丸とは近郷きっての豪の者で多くの部下を有し、金穀の掠奪、老幼婦女子を惨殺するなど常に民害絶えることがなく村人は怖れて悪鬼と呼ぶ。
田村麻呂は悪鬼を誅伐しようと岩手山麓まで進軍したが、広漢たる大原野の中に老大の柏樹1本あり、この木陰を占居して戦況を視察し、地の利を得て戦勝した。よってこの地に大山祇命を祀り、国家鎮護の祈願所としたのである。
境内に村指定有形文化財「五竜のフジ」がある。
岩手県神道青年会公式サイト より。

神社入口

鳥居

拝殿

本殿覆屋


瀧本神社
山祇神社