駒形神社

奥州市水沢区中上野町1-83(平成22年8月21日)

東経141度8分33.36秒、北緯39度8分1.21秒に鎮座。

 この神社は水沢駅の南西約800m、水沢公園に隣接し、近くには江戸時代後期の医者・蘭学者で、江戸幕府の異国船打払令を批判し開国を説き、弾圧を受け亡くなった「高野長英記念館」も開設されています。
 入口には「国幣小社駒形神社」の社号標が立ち、鳥居を潜り左側の参道を行くと、社務所、神門が建立されています。神門から正面にまっすぐに参道が続き、境内左に舞殿、右に境内社が配されています。千鳥破風唐破風付きの拝殿は大きく豪壮で、その後ろに弊殿本殿が続けて建立されています。本殿右に山神社、鹽竃神社、水沢招魂社が祀られていますが、それぞれ境内社とはいえないほど規模の大きな社殿で、特に鹽竃神社、水沢招魂社は拝殿と本殿が完全に分離して建立されています。
 神門境内側に「平成22年駒形神社奥宮御造営」の展示物があり、この社の成り立ちから、平成22年に駒ヶ岳山頂に奥宮の社殿を建立した経緯などが書かれており、大変勉強になりました。
  本社・岩手県奥州市水沢区中上野町1−83
  奥宮・岩手県胆沢郡金ヶ崎町西根駒ケ岳
  里宮・岩手県胆沢郡金ヶ崎町西根雛子沢13

 御祭神:天照大御神、天之常立尊、国之狭槌尊、吾勝尊、置瀬尊、彦火火出見尊を駒形大神(こまがたのおおかみ)としている。
 祭礼日:奉遷記念大祭・5月3日(宵宮祭5月2日、子供騎馬武者行列5月3日、交通安全祈願大祭5月4日、夏越大祓・6月30日、例大祭・9月19日(宵宮祭9月18日、交通安全祈願大祭9月20日)、年越大祓・12月30日、月始祭・毎月1日、月次祭・毎月19日
 境内社:鹽竃神社、山神社、水沢招魂社
 由緒:上古の代、関東に毛野一族が台頭し、赤城山を崇敬し、赤城の神を祀って上野平野を支配したが、後に上毛野国と下毛野国に分れ、下毛野氏は日光火山に二荒山神社を創建。休火山を背景として奉祀されたもので、赤城火山の外輪山にも駒形山があり、二荒山神社の古縁起に『馬王』という言葉が散見する。
 上毛野・下毛野氏は、勢力を北にのばし、行く先々に祖国に習い、休火山で外輪山を持つ形のいい山を捜し出し、連山の中で二番目の高峰を駒ケ岳又は駒形山と名付け、駒形大神を奉祀した。
 奥州にも及び、胆沢平野から雄姿を目にし、山頂に駒形大神を勧請し、駒ケ岳と命名した。これは、上毛野胆沢公によるものであり、時は雄略天皇の御代(456年ころ)であった。
 このように全国の秀峰に祀られた駒形神社の中で、延喜式神名帳にあるのは宮城県栗原郡駒形根神社と当社の二社のみである。当社が従四位下に神階を進めたのは、陸奥国胆沢城を創建した征夷大将軍坂上田村麻呂による崇敬の念の篤かったことから始まり、この鎮守府の度々の上奏によるものだった。
 駒形という名称は、古く赤城神社をカラ社と呼んだ歌があり、コマをカラと歌った。当時の朝鮮は高麗朝時代であり、文化伝来の憧れの国でもあったのでコマということばを用い世間に誇示した。箱根山縁起の箱根神社が駒形神社を奉祀するのは、朝鮮から高麗大神を勧請したと記載しているのと同様である。このように赤城の神は駒形の神とも言える。
 坂上田村麻呂や源頼義・義家父子も駒形大神を篤く崇敬し、武運祈願成就した事実を知るにつけ、奥州に栄華を築いた藤原四代の崇敬も篤かった。平泉より北上川を隔てて、東に望む束稲山は駒形山とも言う。このことは峻険な駒ケ岳を度々登拝することは困難を来たす事もあり、この山に駒形大神を奉祀したと考えられる。箱根縁起に藤原秀衡が銅をもって神像を鋳。駒形の神に祀ったことは藤原氏がいかに崇敬の誠を捧げたか想像することが出来る。
 かくして駒形神社の崇敬は華々しく、分社は東北各県より関東に亘り、その数、百余社に及んでいる。
「駒形神社」公式サイトより)

 延喜式神名帳に乗っている所謂「式内社」で創建は諸説あり、雄略21年(477)に、京都の籠神社から宇賀御魂大神を勧請して駒ヶ岳山山頂に勧請した。景行40年(110)に日本武尊が宇賀御魂大神、天照大神などを勧請した。延暦21年(802)坂上田村麻呂が勧請したなどがあります。
 駒ヶ岳山は太古より霊峰として信仰の対象になっており、俘囚の人々が支配していた時からも何らかな想いがあったのかも知れません。これは俘囚の血も引く藤原氏も崇敬が厚く、秀衡が神像を寄進した事が記録に残っている事からも想像出来ます。
 近世になっても信仰は続き、駒ヶ岳山が南部藩と伊達藩の境界線上にあった事から、両藩が交互に社殿の改修をしたそうです。又、両藩は山頂にあると参拝が困難な事から盛岡藩は岩崎、伊達藩は雛子沢に里宮を勧請しました。
 明治に入るとさらに元々塩釜神社が鎮座していた水沢中心部(現在地)に遷座し現在に至っています。源頼義が勧請したという塩釜神社は留守氏が水沢領主になる前に神官を勤めていた事から崇敬社となり民衆からの信仰も厚くかったとされます。
(「岩手県フィールドワーク」より)

社頭
社号標
「国幣小社駒形神社」
入口に立つ明神鳥居
入口で神社を護る昭和9年生まれの狛犬
(昭和9年(1934)9月吉日建立)
参道は左側から神門へと続いています
参道の様子
神門
境内の様子
拝殿
拝殿木鼻・赤い目の狛犬
弊殿と本殿

境内社:鹽竈神社拝殿
鹽竈神社本殿
境内社:山神社

境内社:水沢招魂社拝殿
水沢招魂社本殿
大竈 舞殿

奥宮が鎮座する駒ヶ岳山頂と奥宮社殿
(「平成22年駒形神社奥宮御造営」境内展示物から転写)
絵馬
ご神木