弁慶堂

西磐井郡平泉町平泉衣関(平成20年9月8日)

東経141度6分30.65秒、北緯38度59分49.21秒に鎮座。

【神社情報・gamanさんより】
今回はもう一件送りたいと思います。「義経」ときたら・・・そう弁慶。

と言うことで、「弁慶堂」です。ここは9/8に行ってきました。中尊寺の参道途中にあります。これがまた結構な坂道で、長い!ふうふういいながら登っていると、鳥居が見えてきたので寄ってみるとそれが弁慶堂でした。狛犬はいましたが、残念ながら現代型でした。また、興味がなかったせいか、年号を撮り忘れてしまいました。
回りは青々としていましたが、一部紅葉していました。早っ!まだ9月上旬なのに・・・。

この堂は通称弁慶堂という。文政九年(1826)の再建である。藤原時代五方鎮守のため火伏の神として本尊勝軍地蔵菩薩を祀愛宕宮と称した傍に義経公と弁慶の木像を安置す。弁慶像は文治五年(1189)四月高館落城と共に主君のため最後まで奮戦し衣川中の瀬に立往生悲憤の姿なり。更に宝物を陳列、国宝の磬及安宅の関勧進帳に義経主従が背負った笈がある代表的鎌倉彫である。
境内由緒書より。

文中の「磬」は、「金銅剛孔雀文磬(けい」。
けい【磬】中国古代の打楽器。枠の中に「へ」の字形の石板をつり下げ角(つの)製の槌(つち)で打ち鳴らすもの。石板が1個だけの特磬と、十数個の編磬とがある。宋代に朝鮮に伝わり雅楽に使用。日本では奈良時代以降、銅・鉄製の特磬を仏具に用いる。大辞泉

中尊寺の参道

参道左手に鎮座しているようです。義経公の木像も祀られているようですが、弁慶堂と呼ばれるのは、武蔵坊弁慶はこの地で亡くなったが、義経は生きのび、蝦夷地へと渡ったからでしょうか。

弁慶堂参道

弁慶堂

堂前の昭和岡崎とも云われる現代型狛犬。gamanさんも年号は撮り忘れたそうです。

彫刻と額

流石陸奥九月上旬で紅葉です。早っ!