江釣子(えづりこ)神社

北上市下江釣子16-192(平成22年8月20日)

東経141度4分30.18秒、北緯39度17分35.96秒に鎮座。

 この神社は江釣子駅の南西約500mに鎮座しています。122号線に面して参道入口があり、境内まで凡そ100mの参道中には二基の鳥居が立ち、境内東には学童保育所があり、放課後は境内でも遊ぶ子供がいて賑やかでした。
 境内には自然石を使った面白い灯籠かモニュメントのような石組みが置かれ、拝殿前には慶応3年生まれの上品な狛犬がいます。境内正面奥には大きな拝殿・本殿が建立され、御輿倉や境内社が点在する中、石碑の数の多さには驚かされました。

 御祭神:少名彦名命、合祀:大山祗命、品陀和気命、伊邪那岐命、伊邪那美命
 祭礼日:4月3日(火防祭)、9月19日
 境内社:4社
 由緒:嘉禄元年(1225)下江釣子に安妻宮禰誼の五郎という者(藤原五郎基常)がいた。彼の一子六郎は長く患って回復の様子がみえなかった。
 ある夜「長瀬の渡船場西(鑓水の小屋坂)で釣りをすれば病も治まる」という霊夢があった。五郎はそれに従い和賀川で釣りをしたが何も釣れなかった。突然、河中が振動し光明が見えたので釣り糸を引き上げると、赤銅の観音像が針についていた。五郎は、それを持ち帰り仮宮を造り祀った。まもなく六郎の病も全快した。
 これを聞いた領主の和賀式部太夫忠頼は、すぐに堂を建立し、江瀬釣光大明神として祀り、和賀家の御祈願所と定めた。また五郎には江釣子の姓を与えた。
 その後、十一代江釣子民部の時、岩崎城の戦があり堂も消失した。
 宝暦2年(1752)社殿を再興し江釣子大明神として祀られ現在に至っている。
 五穀豊穣・産業発展・氏子の安泰を祈り、火防祭・例祭日には祭祀の後、神幸祭が執り行われる。

神橋の架かる参道入口
社号標 一の両部鳥居
参道入口に立つ金毘羅大神碑 参道脇に祀られる境内社
参道途中に立つ二の神明鳥居
社頭
神社入り口に立つ三の明神鳥居 鳥居に掛かる額
境内の様子
自然石を使った面白い灯籠?
拝殿前、慶応3年生まれの狛犬
阿吽共に頭上に小さな突起が付いています。前足をややずらすこの造りは、ど ちらかというと宮城の狛犬の特徴です。もっとも江戸時代にはこの辺りは仙台藩でしたから、宮城と類似した狛犬がいても不思議ではないのかもしれませんが…。渋い造りでありながら、体表が滑らかで均整がとれた、良い狛犬です。
狛犬の拡大写真はこちらで
(慶応3年(1867)丁卯9月19日建立)
拝殿
本殿
御輿倉と御神輿
境内社 境内社
境内社 出羽三山
金毘羅山 出羽三山
出羽三山 古峯神社
金刀比羅山 出羽三山
出羽三山 出羽三山
金刀比羅大神 神楽殿
ご神木
ご神木