北上市成田1-1 (平成26年8月24日)
東経141度08分16.73秒、北緯39度20分27.91秒に鎮座。
この神社は、JR東北本線・村崎駅の北北東2.5km程の辺り、成田の街外れに鎮座しております。
御祭神 譽田別命
由緒
岩渡堂八森山の上にあり和賀八カ所八幡の一つである。神社由緒記によれば、和賀郡二子村飛勢城の城主和賀式部小輔忠明より六代目に当たる薩摩守忠連という人のときに、和賀氏は源氏であり頼朝の子孫であるので八幡大神を信じ、八流の白旗になぞらえて自分の領内の八カ所に八幡宮を建立して源氏の守護神とした。
当社は応永三年(1396)九月に新しく神社を建てて繁盛したと記されている。また、神職には和賀四天王のうちの一人である小原藤次郎晴実を備前と改め、成田村岩渡堂八幡宮の神主となり、それより小原兵部義ケまで十二代にわたって神職を勤めたとある。
しかるに和賀家十七代和賀主馬忠親が慶長六年(1601)四月に没落してからは俗家となったが、その後も、その子孫が代々別当を勤め現在に至っている。
岩手県神道青年会公式サイト より。
参道入口と一の鳥居
神額と社号標 | |
二の鳥居
拝殿
本殿
石碑