花巻市東十二丁目12-37-2(平成22年8月20日)
東経141度9分1.13秒、北緯39度21分50.14秒に鎮座。
この神社は28号線・東十二丁目信号から東に向かうと約200mで左側に鎮座しています。社号標には「村社熊野神社」と書かれ、境内入り口には台輪鳥居が建立されています。狛犬が睨みをきかす境内入り口からると、正面に拝殿・本殿、左に神楽殿、社殿右に境内社が祀られています。周囲には沢山の石碑も見られ、田園地帯の中に鎮座する閑静な神社でした。
御祭神:伊弉諾命、伊弉册命
祭礼日:9月15日
境内社:松尾二柱大神
由緒:弘仁庚寅(810)開拓の満海坊紀州那智熊野大社を勧請し、小袋地に祀り、開拓の初穂を奉献祭り、生活生業万般に亘り、広大無辺の御神徳を称え、連綿と続く氏子の尊崇として祀られた。保元二丁丑年(1157)六月二十五日落雷炎上堂宇皆焼失となり、氏子社殿復旧せしも御神体無しを憂い、善吉なる者御分神を請願に、紀州那智に登り、那智・本宮・新宮の三熊野一面三尊の御神鏡(懸仏)を拝受し、保元三戌寅年(1158)九月十五日祀り、氏子の祈願所となる。
元治元己卯年(1159)境内の事情起り社殿の移転已む無くなり現在地に建立となる。元禄十丁丑年(1697)五月某日御神鏡盗難に相い四方八方捜索の所二子村宿の鍛冶職は銭弐貫文にて買い受けたるを見付け、その原価にて買い戻し、無事奉安となる。弘化三丙午年(1846)南部三十七代大守少将源朝臣利用候の勅正一位熊野三所大権現の御神札を拝す。慶応四戌辰年(1866)三月二十八日神仏習合廃止により、社殿改められた。
明治三庚午年(1870)四月四日東十二丁目村惣鎮守検分の証により村社と称す。明治六癸酉年四月八日盛岡県より御神体御下渡となり(大麻)村社となる。明治丙子年(1876)十月二十三日内務省より神社指令認可となる。明治十一年(1908)九月神社財産登録し、改めて村社となる。
(「岩手県の神社」より)
社頭 | |
社号標 「村社熊野神社」 |
参道の様子 |
境内入り口に立つ台輪鳥居 | |
境内入り口にいる建立年代不明の狛犬 余り古い物ではなさそうですが、威厳のある厳しいお顔をされています。 狛犬の拡大写真はこちらで |
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境内の様子 | |
拝殿 | |
拝殿目抜き彫刻・龍 | |
拝殿木鼻・狛犬 | |
拝殿の額 「村社熊野神社」 |
弊殿と本殿 |
境内社:松尾二柱大神 | |
神楽殿 | 庚申塔、馬頭観世音 |
馬頭観世音 | 百万遍塔 |
出羽三山 | 出羽三山 |
算術塚 | 月三山 |
湯殿三山 | |