林郷八幡(はやしごうはちまん)神社

野々市市上林3-71 (平成26年10月20日)

東経136度36分25.79秒、北緯36度30分02.76秒に鎮座。

この神社は、北陸鉄道石川線・四十万駅の西北西1km程の辺り、上林の街中に鎮座しております。

御祭神 応神天皇・神功皇后・三条天皇

由緒
当神社は、長和2年(1013)の創始と云われ往古は、拝師明神または拝師八幡宮と呼ばれ拝師郷の総社だったと伝えられる。
平安中期の国司、加賀介貞宗は、退任後「林氏」を名乗り、この地に居館した。その後、鎌倉初期まで七代に亘り林氏の守護神として社領を納め幣帛を奉じられていたと云われいる。また、平安末期の寿永2年(1183)木曾義仲が砺波山で平維盛を打ち破った時、当社に祈願したと云われている。
鎌倉末期の元応2年(1320)林氏と同族の富樫泰明が当社を崇敬し、以来累代に亘り富樫家の守護神とされてきた。
南北朝期の観応年間(1350〜1352 北朝)富樫の家臣で上林の地頭大桑禅門玄猷は敬神の念厚く社殿を造営し神宝を奉じたと伝えられる。
室町時代の文明6年(1474)加賀国の守護富樫政親が奉納した寄進状が現存する。明治18年(1885)「林郷八幡宮」と改称し明治39年(1906)には「神饌幣帛料供進神社」に指定されている。また大正4年(1915)には「郷社」に昇格され現社名となった。
境内由緒書き より。

由緒
往古、拝師明神または拝師八幡宮と称し、長和2年4月の創立と伝えられる。延文5年従五位下を授けられ、守護富樫家では歴代守護神として崇敬、また地頭大桑玄猷、土豪林家、三林家をはじめ村民たちからは総社として深く尊信されたといわれる。なお、境内に樹齢千年以上の椎の木の大木などがある。
石川県神社庁公式サイト より。

社頭

神社入口

拝殿

拝殿前の逆立ち狛犬。拡大写真はこちら。
(大正元年(1912)9月建立)

拝殿内部

本殿覆屋


末社


上林の大椎