白比古神社

鹿島郡中能登町良川ト1(平成21年5月4日)

東経136度53分17.52秒、北緯36度58分32.61秒に鎮座。

 この神社は七尾線・良川駅の西北西900mに鎮座しています。境内入口に社号標と鳥居が建ち、石段の参道を登ると境内入口にもう一基の鳥居が建ち、下の境内の右側には元の別当寺・山田寺の本堂が建立されています。その境内には鐘楼、納経所等があり、そこから又石段の参道を上がった上に、狛犬が護るこの社の大きな拝殿が建立されています。千鳥破風と唐破風が付けられた豪華な拝殿には様々な彫刻類が施されています。その奥の流造の本殿も華麗・豪壮で、この社の往時の姿を彷彿とさせています。神仏混淆の姿を、今なお色濃く残している神社でした。

 主祭神:白比古神、相殿:大己貴命、菊理媛命、伊弉諾命、合祀:軻遇突智神、息長足姫神、誉田別尊、比淘蜷_、底筒男神、 中筒男神、上筒男神
 由緒:延喜式内の古社と伝え、祭神は大己貴命の御子神にして地方開拓の祖神と伝える。康和5年(1103)勅によって神事を修す。中世以来、守護や豪族の信仰篤く、神楽田、油田などの寄進あり。別当寺として16坊あったという。維新の際にも、藩主前田家より蓬莱台や甲冑などの寄進があった。明治6年に村社に列格。
(「石川県神社庁公式サイト」より)
 能登國能登郡「白比古神社」の論社で、社地からは神剣と神鏡が出土しています。戦国時代以前は、現在地よりも奥の山の上に鎮座していたと言われ、御祭神を良川山上に葬ったという社伝が残っています。天正年間(1573〜1593)兵火にあって社殿は焼失したと伝えられますが、前田藩からの寄進を受けたり、長連竜が鹿島半郡を領した折に、当地に地頭代を置き厚遇したと言います。神仏混淆の時代には、本地仏は十一面観音で、白山観音・白山神社とも称されていました。

尚、式内・白比古神社の論社は下記の二社となっています。
 白比古神社(猿田彦大神)鹿島郡田鶴浜町白浜21-1
 白比古神社(白比古神)鹿島郡中能登町良川ト1

社頭
社号標 入口の台輪鳥居
「慰霊碑」「忠魂碑」 石段の参道
境内入口に建つ二の台輪鳥居
北陸霊場第20番・山田寺(右)と一体の境内の様子
境内左にある鐘楼 境内左に建つ納経所
拝殿前、大正7年生まれの出雲丹後狛犬
狛犬の拡大写真はこちらで
(大正7年(1918)10月建立)
拝殿 拝殿に架かる額
拝殿向拝彫刻・中国故事と龍像
拝殿木鼻・狛犬と象
拝殿の彫刻類
本殿
北陸霊場第20番・山田寺本堂
山田寺本堂の前仏様と不動明王像
境内に建つブロンズの観音像