金沢神社

金沢市兼六町1-3(平成18年11月24日)

 この神社は兼六園の随身坂口を出るとすぐ南に鎮座しています。

 御祭神:菅原道真公、白蛇竜神、白阿紫稲荷大名神、琴平大神、前田斉広公、前田斉泰公
 由緒:寛政6年(1794)、加賀藩11代藩主前田治脩公が藩校明倫堂を建てた際、その鎮守社として、学問の神であり、前田家の祖先とされる菅原道真を奉斉する神社を創建したのが創始とされています。兼六園を整備する際に明倫堂は別の地に移転しましたが、神社はそのまま残され、12代藩主前田斉広公が建てた竹沢御殿の鎮守社とされて竹沢御殿御鎮守天満宮と称しました。神社には、白蛇竜神(災難除けの神)、琴平大神(交通安全の神)、白阿紫稲荷大明神(商売繁盛の神)も合わせて祀り、歴代の藩主が兼六園を散策する際に藩内の繁栄と平和を祈願したといわれています。
 明治以前は、神社への参拝は4月25日と9月25日の例祭時に城下の婦女子にのみ許されていたという事ですが、明治7年の兼六園の一般開放にあわせて、自由に参拝が出来るようになり、明治9年に金沢神社と改称しました。

社号標 神社入口
参道脇の大屋ト?(よしあつ)翁之碑
加賀藩士出身で幕末に長崎などに留学していた地理学者で、
石川県における皇国地誌編纂の中心人物でした。
二匹の猪が地球のような球を支えているのは何を表現しているのでしょうか?
金城霊沢(きんじょうれいたく)
昔、芋掘藤五郎が山芋を洗っていたら
そこから砂金が出たため、「金洗いの沢」と
呼ばれたという伝説により、現在の「金沢」
という地名が付けられたといわれています。
金城霊沢の碑と鳳凰山
神池と鎮守の杜。水面に映える紅葉が綺麗でした。
参道脇にある「いぼとり石」 境内入口
随神門 拝殿
拝殿内の様子 本殿覆い屋
拝殿内の木像神殿狛犬
結構古い物に見えますが目は象眼なのでしょうか、黒々と光沢があります。
もしそうだとしたら江戸時代末から明治初期にかけての製作と思われます。
吽には角があり、顎が張った角張った顔つきです。
頭が大きく、逞しい体つきですが、胴は短く下肢が発達し、尾が大きく立派です。
神輿庫 境内社・白阿紫稲荷大名神
天神様のお使い・狛牛
こんなにのんびりと、身体を折り曲げるようにして休んでいる牛は、初めて見ました。