菅生石部神社

加賀市大聖寺敷地ル乙81 (平成21年6月20日)

東経136度19分25.45秒、北緯36度18分36秒に鎮座。

【神社情報・Rumarin&Saiseiさんより】
国道305号線の菅生を北に600mほど直進した所にあります。この神社は加賀国の二宮で、旧国幣小社、式内社です。祭神は菅生石部神で、社伝によると日子穂々出見命、豊玉毘売命、鵜葺草葺不合命の三柱のことだそうです。

結婚式があったようで、境内はにぎわっていました。格のある神社らしく大きな門や拝殿・本殿、太く高い神木が目につきますが、ある小さなものがそれらを凌ぐほど印象に残りました。それは二社の境内社のうち、拝殿向かって右の奥にある「白山社」「事比羅社」と書かれた社殿の狛犬達です。なんと十体(五対)います。顔が削れているものや、ちゃんと立っていないものもありますが、皆それぞれ違って、どれもみんないいと思います。拝殿向かって左の奥にある敷地稲荷社の狐さん達もなかなかよい味わいです。

神社のホームページによると境内末社は稲荷社、白山社、事比羅社のほかに、春日社、八幡社、菅原社、藤森社があるそうです。「白山社」「事比羅社」の社殿にこの四社が合祀された結果が一つの社に五対の狛犬ということなのだろうと考えます。

管理人の一言。
メールを戴き、住所の「大聖寺敷地」を見た時、寺の境内にある神社かと思ってしまいました。なんと中世にあった大聖寺の門前町として栄えたようです。現在の加賀市中心部は大半大聖寺×××となっています。

大聖寺町(だいしょうじまち)は、石川県江沼郡に存在した町。
錦城山に白山寺の末寺の白山五院の一つ大聖寺があったことに由来する。 越前の僧泰澄が養老元年(714年)日本三名山(三霊山)の一つである白山に初めて登り修行・開山し白山信仰の元となった。 その流れを汲む白山五院のひとつが大聖寺であった(残りの4ヶ寺は柏野寺、温泉寺、極楽寺、小野坂寺)。
『ウィキペディア(Wikipedia)』より。(ただし現存するのは温泉寺だけ)

菅生石部神社(すごういそべじんじゃ)は石川県加賀市にある神社である。式内社、加賀国二宮で、旧社格は国幣小社。通称敷地天神、菅生天神。中世には、一帯は北野天満宮の社領となっていた。「天神」の通称はそこからきたものであり、現在もその名残で境内に牛の像が残っている。
『ウィキペディア(Wikipedia)』より。

元國幣小社菅生石部(すごういそべ)神社由緒記

祭神 菅生石部神(すごういそべのかみ)社伝に次の三神を記す。
日子穂々出見命・豊玉毘売命・鵜葦草葦不合命
鎮座 第三十一代用明天皇即位の年(585年)当地の農業・漁業・産業奨励萬民富饒を御立願し当地方鎮護の神として宮中より御遷祀される。
崇敬 当社は縁起式内社にて一千四百年前の御鎮座以来歴代皇室の尊崇特に厚く春秋両度の居入祭には勅使参向し御衣神宝を奉られる。また武家の崇敬も篤く、明治二十九年國幣小社に列せられる。今日五穀豊穣・漁業安全。産業発展・除災招福の守護の大神として広く崇敬を集めている。

境内由緒書より。全文はこちら。

社号標と鳥居

神門

拝殿

拝殿内部

本殿

稲荷社鳥居

稲荷社

摂社。五対の狛犬がお守りしています。

狛犬達。素朴な可愛い子達が並んでいます。

拝殿横の先代

拝殿前の狛犬

神木と鳥居

結婚式の皆様