八幡宮

つくば市谷田部(平成18年8月19日)

 この神社は常磐自動車道・谷田部ICの北約900m、谷田部川の近くに鎮座しています。
 織田信長が天下の覇者となるために、朝倉義景との金ヶ崎、姉川の戦い、野田福島の戦いなど、壮絶な争いをしていた元亀元年(1570)頃、この社地は小田氏の家臣岡見頼忠の居城でした。その後、下妻多賀谷政径、径伯兄弟の攻撃を受け落城し、多賀谷径伯の居城となりました。慶長5年(1600)、関ヶ原の合戦後、徳川家康によって多賀谷氏は所領を没収され、江戸時代の谷田部藩2代目藩主・細川興昌は陣屋を集落に続いた低地に造営したため、谷田部城は廃城になりました。ということで、この神社の由緒は分かりませんでしたが、谷田部城廃城後の江戸時代に創建されたのではないかと思われます。

神社入口 境内の様子
拝殿 拝殿内の様子
本殿覆い屋 境内社
拝殿前から入口を振り返る