八柱神社

桜川市真壁町塙世968(平成20年9月12日)

東経140度5分12.13秒、北緯36度16分31.19秒に鎮座。

【狛見倶楽部 佐野支部 クマちゃん通信員より】
神社は、7号線を石岡方面に向かい、桜川に架かる塙世橋手前を右折した、真壁町塙世地区にあります。昭和12年の狛犬が居ました。本殿は県指定文化財で、彫刻が見事です。境内のケヤキは、幹に大きな空洞がありますが、なかなかの巨木でした。

元は、寛平二年(890)創建と伝えられる金剛院の聖天堂。それが、明治初期の神仏分離で廃寺となり、地元の八神を合祀して八柱神社となったようです。

八柱神社御社は金剛院聖天堂として天明年間(1781〜1789)頃に再建されましたが、明治四年に郷内各坪に散在しる八柱の神を合祀し、塙世鎮守となり永々安寧幸福の守護神として遍く神徳灼に施し諸人に信仰されてきました。時の名工が技術の総てを結集し建立した尊厳な本殿の外周を飾る彫刻類は見事なもので、柱、桁類に薄肉の模様彫りを施しているほか、尾「木+垂」は獅子、象、竜などの動物の彫刻を用い、その他も人物、動植物の籠彫り彫刻で埋められており、昭和四十七年十二月十八日県指定の文化財として不動の粋美を今に伝えています。
 拝殿は本殿、幣殿と比較すると寄棟造、土瓦葺で素朴ではありましたが、明治期に改修工事が行われ、屋根の材質や形状が変更されたものです。今回の調査でそれまで軒唐破風が付いていたこと、棟が高かったこと、壁が土壁であったこと、小窓を設け回縁がついていたことが判明しました。この拝殿も隔世天地の罹災多く、その後旧材をもって改築を重ねてきましたが、幾星霜を経て老朽甚だしく、永命を全うするに及びました。氏子一同協議を重ね、造営の時宜と定め、敬神の念篤き百六十二名の奉賛を戴き、聖天建築の姿を可能な限り当初の姿に戻すことが望ましいと考え、昭和六十一年七月三日町文化財の指定を受け、復元することを礎に、昭和六十二年四月礎固め太柱敷き立て、同十一月絢爛高雅
な拝殿を竣成するに至りました。茲に祖先の恩に感謝し、敬神の真意と奉賛者芳名を後世に残すべく碑に列記します。
拝殿造営の記より。原文はこちら。

社号標と神社入り口。輪換之地と書いてあるのでしょうか。またどのよう意味なのでしょうか。

拝殿と狛犬

なかなか怖そうな顔をした昭和岡崎。

(昭和12年(1937)建立)

拝殿と八柱神社の額

県指定文化財の本殿

境内の末社

確かに存在感のある欅です。