金刀比羅神社

豊岡市野上尾崎626-1(平成20年8月29日)

東経134度49分21.83秒、北緯35度33分46.17秒に鎮座。

 この神社は548号線沿いに鎮座しています。参拝の予定はなかったのですが、城崎に行く途中で社号標を見つけ、急遽参拝の運びとなりました。神社は丘の中腹にあり、自動車道の途中に一の鳥居、二の鳥居が建っています。石段の参道があることをこの時には知らなかったので自動車道から駐車場に向かってしまいましたが、石段の参道の途中には、近畿最大級の「辛夷」の大木があるそうで、見られないで残念なことをしました。駐車場からは石段の参道が続き、途中に三の鳥居が建っています。境内にはお寺のお堂のような社殿が建ち、その軒下に狛犬ファンなら文化財に指定したくなるような完璧に保存された文政3年生まれの出雲丹後狛犬がいて、夫と二人、今回最大の掘り出し物と感激し、暫く眺めておりました。

 御祭神:大物主大神
 例祭日:歳旦祭・1月1日、節分祭・2月3日、春祭・4月9・10日、夏祭・7月10日、氏神祭・10月中旬、秋祭・11月10日
 境内社:地神、伊崎神社、三柱神社、貴船神社、役行者
 由緒:後西天皇の御代、寛文年間の創建で、城崎町結村の吉左エ門が勧請したと伝えられ、社伝に「もと当山山上に三本松と称する古末があり、夜毎奇光を放っていました。誰もが不思議がっていましたが、円福寺の住持源智上人が三夜にわたって霊夢を感じ「光輝を放つは象頭山金刀比羅の大神である。当山は有縁の霊地なので来た。早く堂宇を建立せよ。庶民の千載万難を救うであろう。」とお告げを受けました。上人が夢から覚めると吉左エ門が来たので感得した霊夢を語り、力を合わせて堂宇を建立した。」と伝えられています。

社号標 一の鳥居
二の鳥居 石段の参道と三の鳥居
境内入口
社殿前軒下にいる文政3年生まれの出雲丹後狛犬
江戸時代建立の出雲丹後狛犬で、こんなに綺麗な形で残っているものは始めてみました。平成の作と言われても納得できるほど良く保存されています。来待石は脆いので、昭和初期の物でも剥落が進み、崩れて顔の判別が出来なくなっている物が大半です。きっとこの狛犬は生まれてからこの方ずっと軒下で保護されていたのでしょう。彫りも丁寧で、この狛犬が見られただけでもこの社に参拝した甲斐がありました。
狛犬の拡大写真はこちらで
(文政3年(1820)10月10日建立)
社殿
社殿内の様子
社殿縁にいる小さめの石製神殿狛犬
この狛犬達も出雲丹後ですが、建立年代は不明です。
狛犬の拡大写真はこちらで
社殿向拝彫刻の龍
木鼻の狛犬と象
境内社:役行者 境内社:地神
境内社:伊崎神社 境内社:三柱神社
境内社:貴船神社