伊福部神社

豊岡市出石町中村809(平成20年8月28日)

東経134度51分55.89秒、北緯35度26分54.38秒に鎮座。

 この神社は出石市街地から10号線で南西に約2km、斉藤隆夫記念館東に鎮座しています。背後の山の中腹には境内社の愛宕神社が鎮座していますが、山を背景に豊かな緑に囲まれた閑静な境内には、彫刻が施された素敵な社殿が建立されています。

 御祭神:素盞嗚命、配祀:天香山命、伊福部宿袮命
 祭礼日:8月24日に近い日曜日・愛宕神社例祭、10月15日に近い日曜日・例祭
 境内社:愛宕神社、福徳稲荷神社、天満神社
 伊福部神社御由緒:当社は素盞嗚命、天香山命、伊福部宿袮命を奉祀す。創立年度不詳なれど天平19年伊福部連其祖天香山命を祀ると文成務天皇4年2月國造船穂足尼素盞命を祀る。大生部兵主神社を弘原庄中村に鎮座し之を大生部神社と崇めた。「日本書紀」
 天正4年出石領主山名家より田畑三町歩の黒印を受く。又、江戸時代氏子より田の寄進あり。石高十石を有すも天保4年社殿炎上、安政2年本殿再建にあたり、出石藩主仙石讃岐守より寄進あり、現在の社殿が造営された
 愛宕神社御由緒:愛宕神社は火防の神の火結命を祭神とし奧津比古神・奧津比賣神を奉祀す。
 天保4年伊福部神社炎上に際して出石藩主藩士町民一般の熱望により□□2年春、京都愛宕神社の御分霊を御勧請した社で愛宕大権現とも云われる。古来民衆の崇敬頗る厚く、明治末までは出石小坂神美□垣を含めて愛宕講が組織され、年々の祭典も盛大に種々の催物も多く、参拝者は道に溢れたという。御神徳のあらたかなる事は、近く昭和27年4月、坪口の彼の烈風下の大火に際し余りにも明瞭に顕現され、唯々御神意の不可思議なる恩寵に斉しく驚愕感激した。社殿彫刻は荘厳優美を極め、参道の石は中村伊成寺谷の石で造営されている。
 以上が拝殿に架かっている由緒書きの写しですが、10月15日に近い日曜日に豊年満作を祝って行われる秋祭りは、「出石だんじり祭り」といわれ、諸杉神社、石部神社、伊福部神社の氏子が12地区に分かれ、各地区でだんじりを担いで町内を巡行し、出石城跡大手前広場に集結し、長さ15m以上もある大きなだんじりが、大棒を激しくぶっつけ、御幣をつけたやぐらをつぶし合う練り会いが行われ、別名「喧嘩だんじり」とも呼ばれています。
 又、8月24日に近い日曜日に行われる愛宕神社例祭は「愛宕火祭」ともいわれ、陽が沈む頃、愛宕神社で、木と木をすり合わせて行う「火起こしの儀式」が行われ、愛宕神社の燈明は、地域の若者達によって参道を運ばれ、この火を分け与えられた子どもや、大人の共振りが始まります。 音をたてて燃え上がる麦ワラの束を縄で持って勢いよく振り廻し、同時に地区の火祭太鼓が打ち鳴らされ頂点を迎えます。 愛宕神社の祭礼は、江戸時代から行われていましたが、大正の頃から途絶え、昭和55年に復活されました。

「伊福部神社御由緒」「愛宕神社御由緒」はこちらで

神社遠景
道路を挟んで一の鳥居が建っています。
神社入口
入り口の二の鳥居 社号標
「郷社伊福部神社」
「式内大生部神社」
 
明治43年生まれの子連れ出雲丹後狛犬
阿が連れている見返り子狛が可愛いですよ。
狛犬の拡大写真はこちらで
(明治43年(1910)10月建立)
社殿全景
拝殿
拝殿と本殿の間にいる明治19年生まれの浪速狛犬
狛犬の拡大写真はこちらで
(明治19年(1886)4月建立)
本殿
本殿縁に居る、建立年代不明の石製神殿狛犬
本殿向拝彫刻・龍
此処でも向拝を力士が支えています。
本殿に架かる社額と
追いかけっこをして遊ぶ二匹の狛犬
本殿木鼻は狛犬と象です。
扉上では二匹の猿が何やら相談中…。
本殿扉の彫刻
境内社:福徳稲荷神社
(御祭神:宇迦之御魂神)
境内社:天満神社
(御祭神:菅原道眞公)
 
稲荷神社右脇に火祭で有名な「愛宕神社」への石段参道が付けられています。 喘ぎつつ登ること約7・8分、やっと境内が見えてきました。日頃運動不足の身ではこの階段登りだけで普段一日分の全運動量と同じくらいに感じられ、ものすごい疲労感に襲われました。
境内社:愛宕神社
(御祭神:火結命、配祀:奧津比古神、奧津比賣神)
社殿と「愛宕大権現」額
愛宕神社向拝下で和やかに過ごす狛犬の家族