御霊神社

三田市貴志1099-1 (平成31年4月2日)

東経135度12分06.65秒、北緯34度53分58.02秒に鎮座。

この神社は、JR福知山線・新三田駅の南西1km程の辺り、貴志の街外れに鎮座しております。

御祭神 伊弉諸尊・伊弉冉尊・大比古命・比売神・鎌倉権五郎景政

由緒
明治2年(1869)社坊金性院廃寺の時、旧記等みんな散逸してしまったが、古老からの言い伝えでは大彦命を昔から祭ってきたと言う。
そして「貴志宮」又は、「貴志神社」とも呼ばれて来たが、鎌倉時代に当地豪族貴志氏が関東御家人となった縁より、相模国鎌倉御霊神社から、武勇に優れた「鎌倉権五郎景政」公の御霊を勧請合祀。御霊神社と改称され今日に至っている。
本殿は兵庫県下でも類例の少ない正面三間、側面二間の入母屋造り、屋根は桧皮葺で入母屋の妻側の庇を伸ばして角柱を立て向拝としている。
また、身舎正面側、向拝虹梁上に六つの蛙股を配し、透彫り絵模様の中にも珍しい物がある。牡丹唐獅子、戎大黒他特に注目するのは、当時の神仏習合を表すものとして向拝上の種子キヤ(十一面観音)がある。

神社再建のいきさつ
本殿内陣に収められている厨子の両扉お裏面に本殿再興していった経過が詳しく墨記されている。
延文4年(1359)に本殿が焼失したために、文正元年(1466)地下の百姓等が御霊宮の再興について談合の上決定し、地下(地元)の百姓等から奉加を得て、文明2年(1470)正月26日事始、3月5日柱立、4月7日上棟、5月28日に遷宮したと示されている。
由緒書き より。

参道入口に立つ注連柱

参道

鳥居

拝殿

本殿(国指定重要文化財)


狛犬。拡大写真はこちら。

(年代不明)

元は拝殿玉垣前だったのですが、燈籠建替え工事の為、一時ここに置かれています。以前の写真を見せて頂きました。

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