琴浦神社

尼崎市琴浦町21 (平成25年12月8日)

東経135度23分57.35秒、北緯34度43分05.87秒に鎮座。

この神社は、阪神電鉄・尼崎センタープール前駅の北400m程の辺り、尼崎市の住宅街に鎮座しております。

御祭神 源融公

由緒
第52代嵯峨天皇の第12皇子である源融公は、琴が浦で日々汲ませた潮(海の水)を邸宅の京都六条の河原院(京都市下京区五条通河原町)に運ばさせ、塩を焼かせた。この由緒により御祭神として祀られている。
『撮陽群談』(1701年刊行)の神社の部には、「琴浦社、武庫郡東新田村にあり。土俗の伝に云、源融公、此塩浜に潮を引き、号けて琴浦の古跡と成ると云へり。引くと云ひて弾ずるの縁に因る故なり。貞観年中、祀祭之融公の社とし、村民琴浦明神と称す。」とある。
兵庫神社庁公式サイト より

この神社は、源融(みなもとのとおる)公が祭神としてまつられています。かれは嵯峨天皇の皇子で、その邸宅京都六条の河原院に陸奥の塩釜の風景を模して庭園をつくり、毎日30石の潮水をここから運んで、塩を焼かせたと伝えられています。また海岸の景色が、他所より勝れているので、異浦(ことうら)とよばれたともいわれています。
平安初期ごろ、京都の貴族との密接な関係が、これらの伝承からも推定できます。
当社に奉納されている絵馬「源融六条河原院の図」の図柄をもとに、大庄地区会館の緞帳が製作されました。また、潮汲みについては潮江地区にもまったく同じような伝承があり、興味深いものです。
境内由緒書き より

境内由緒書きはこちら。

神社入口

鳥居

神額

手水舎

拝殿

拝殿前、これぞ浪速といった顔つきの狛犬。拡大写真はこちら。
(文化?年(1804〜1818)建立)

拝殿内部

本殿前の神殿狛犬

本殿