亀甲山八幡神社

尾道市因島田熊町1023(平成20年3月24日)

東経133度10分18.8秒、北緯34度17分45.94秒に鎮座。

 この神社は田熊小学校と田熊中学校の間に鎮座しています。豊かな森の中、長い参道が一直線に伸び、歩いていると気持ちの良い参拝ができそうな予感がしてきます。参道途中右側には護国神社が祀られ、三の鳥居を潜ると明るく開けた境内になります。境内正面には大きな唐破風を付けた立派な拝殿が建ち、本殿には精緻で見事な彫刻類が沢山彫られています。本殿奥にはこの八幡社が祀られる以前の田熊の氏神・大頭神社が奥本宮として祀られ、また境内左右・奥には沢山の境内社が点在しており、何れもきちんと綺麗に整備され、本当に清々しく参拝が出来ました。

 御祭神:本宮八幡宮:仲哀天皇、応神天皇、神功皇后 本宮大頭神社:天照大神
 境内社:猿田彦神社、祖霊神社、稲荷神社、祇園神社、荒神社、金比羅神社、松尾神社、高良神社
 由緒:創祀は太古で、当地方の大豪族の主を大頭三社神明として敬い、古代から瀬戸内の守護神として崇敬されていました。
 その後、箱崎浜に九州筥崎宮の御分神が上陸され、これを因島の中央にある大山の宮崎の山頂に祀られました。
 歴応、康永年間にいたり、竹島城主村上直吉公が高神の上方に八幡宮があることは畏れ多いと、また城の鎮守の宮として大頭神社の前下二社殿を鎮造され、これを亀甲山八幡宮と称して奉祀崇敬しました。八幡宮としては因島南部地区唯一の宮で、往時は田熊・土生・三庄の総鎮守神として三荘八幡宮と称し崇敬を集めていました。
 文政年間に火災により全焼しましたが、天保年間に現在の社殿を構築しました。そのさい、ご神体を一の鳥居上の神路石に安置されその跡が現存します。
 また最初の上陸地箱崎浜にはおとぐい石が祀られ、この社の祭礼時には始めに現地でおとぐい祭が行われます。

神社入口
「由緒書き」拡大写真、
「境内案内図」はこちらで


文政年間に火災により社殿が全焼し、天保年間に現在の社殿を構築したさい、
ご神体が安置された神路石跡
入口にいる文政3年(1820)生まれの浪速狛犬
阿は垂れ耳ですが、吽は角つきで、右は垂れ耳・左は立ち耳という変わり種です。首を高く伸ばし、遠くの物音も聞き逃すまいという姿勢をこの様に表現したのでしょうか? どこかに個性を出そうという石工さんの思いが伝わってきます。鬣は、阿はカール吽はストレートです。
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(文政3年(1820)8月建立)
参道の様子 参道途中、右側に鎮座する
護国神社入口
護国神社拝殿 護国神社本殿
境内入口
拝殿前にいる昭和11年生まれの構え
相撲取りが仕切りをしているような変わった狛犬で、尾の大きさ豪華さが目を引きます。
狛犬の拡大写真はこちらで
(昭和11年(1936)10月吉祥日建立)
拝殿
唐破風の鬼瓦・彫刻と
左が末・右が本・左綯いの注連縄
本殿
本殿の精緻で見事な彫刻類。
ただ、鳥除けの網が掛けられ、良く拝見できないのが残念です。
奥本宮:大頭神社
奥本宮摂社:松尾神社
奥本宮摂社:高良神社
末社:祖霊神社
末社:粟島神社
末社:金比羅神社
末社:荒神社・祇園神社
末社:稲荷神社
末社:猿田彦神社