小烏神社

福山市鞆町後地(平成20年3月23日)

東経133度23分4.53秒、北緯34度23分0.46秒に鎮座。

 この神社は鞆の浦の町中、22号線から沼名前神社へ向かう途中に入口があります。現在は沼名前神社の境外末社で、それほど広い社地の神社ではありませんが、境内社や狛犬が豊富にいる嬉しい神社でした。
 又、この地は「小烏の森古戦場」蹟とされ、案内に、「正平4年(1350)に足利尊氏の弟足利直義の庶子・直冬が中国探題として鞆に居を構え勢力を拡げていのに対して、その台頭を快く思わない高師直が直冬追討軍を派遣。中央軍を「小烏の森」で迎え撃つも利かなわず、九州に敗退した。」と書かれていました。この地も「太平記」の時代に関係していたとは…歴史好きには嬉しい場所でもありました。

 御祭神:小烏大神、天目一箇神
 例祭日:10月第二土・日曜日、鞴祭(鉄鋼祭)・12月第一土・日曜日
 境内社:金古稲荷神社、五社大明神、胡神社・繁神社他
 由緒:創建は不詳ですが、室町時代後期、三原刀匠の流れをくむ子孫が氏神として祀ったのが始まりといわれています。

「史跡・小烏の森古戦場・鍛冶の発祥」「小烏神社・小烏の森古戦場」案内拡大写真はこちらで

南参道入口 境内入口
南参道入口に居る安政3年(1856)生まれの玉乗り狛犬
吽には小さな角があり、玉乗りとしては身体全体の均整が取れた狛犬です。優しげな顔つきで通る者を迎えてくれています。
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(安政3年(1856)11月吉日建立)
拝殿
本殿
天目一箇神社、入口と社殿
天目一箇神社に居る慶応2年(1866)生まれの構え獅子
玉乗りの玉をはずすとこういう姿になるのではないかと思わせる狛犬で、造りは玉乗り狛犬と一緒です。頸の部分が無く胸と一体になって膨らんでいます。
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(慶応2年(1866)11月吉日建立)
境内社:金古稲荷神社、入口と社殿
大正5年(1916)生まれ、金古稲荷神社のお狐様
(大正5年(1916)建立)
境内社:五社大明神 境内社:稲荷社
稲荷社の小さな仲良し狐さん
境内社:稲荷社 境内社:胡神社・繁神社
東参道入口にいる天保14年(1843)生まれの浪速系狛犬
鼻が大きく、思慮深そうな顔つきをしており、鬣は短めで逞しい前足を踏ん張っています。
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(天保14年(1843)10月吉日建立)
東参道入口