冠稲荷神社

太田市細谷町(平成18年1月17日)
            (追記・平成20年4月3日)

【狛見倶楽部 佐野支部 クマちゃん通信員より】
 この神社は、国道354号線を高崎方面に向かい、太田市の牛沢信号を右折して約800メートル走り、福沢信号を左折し、少し走った左側にあります。名前は聞いていましたが、初めて訪れました。大きな神社で、華やかな印象を受けました。結婚式場や幼稚園が付随しているからかもしれません。優しそうな狐さんが迎えてくれます。拝殿、本殿とも「赤」が目立ちました。境内には、推定樹齢300年〜400年の木瓜があります。木瓜としては全国で唯一、県指定天然記念物になったそうです。

 この神社は東武伊勢崎線・細谷駅の南約1.7kmに鎮座しています。まだデジカメを購入する以前に幕末の歴史に凝っていた夫とともに、寛政の三傑の一人である高山彦九郎の記念館を見学がてら、こちらにも参拝した事があり、懐かしく拝見しました。その時は鎮守の杜が豊かな落ち着いた神社という記憶があり、こんなに華やかな印象がなかったので、もしかしたら社殿などはその後に彩色し直されたのかもしれません。あのとき、「こんなに大きくなるなるものかしら?」と驚いた境内の木瓜(ボケ)の木だけは相変わらず勢いが良く、毎年綺麗な花を咲かせ、悠久の時を刻んでいるようです。この木瓜の木は樹齢400年、全国でも唯一、県の天然記念物に指定されています。その昔、子宝に恵まれなかった婦人が修験者に授かった木瓜の実を服したところ、まもなく子宝を授かり、その御礼に植えた木瓜が現在の「冠稲荷の木瓜」であると伝えられ、冠稲荷神社が古くから縁結びの社として広く信仰されてきた由縁となっているようです。
  案内によると、天治2年(1125)新田氏の始祖新田義重公の父にあたる源義国公が創建したと伝えられる古社で、伏見、豊川、信田、王子、嬬恋、田沼と合わせて日本七社の一つに数えられています。また、社伝によると承安4年(1174)、源義経は奥州の藤原秀衡公を頼り下向の途中、この神社に参籠しました。その際、ここが源氏ゆかりの神社と知り、冠の中に奉持してきた伏見稲荷大明神ほか2社の御分霊・神札を社に収め、以後、冠稲荷大明神と呼ばれるようになったと云われています。ご祭神は宇迦之御魂大神、塞神(久那戸大神・八櫃彦命・八櫃姫命)、大宮能賣神です。詳しくは下記写真でどうぞ。 

神社入り口 境内の様子
優しげな神狐
拝殿・外観と内部の様子。
さすが稲荷の日本七社の一つに数えられるだけのことはあります。華やかで立派な社殿です。
本殿も、彫刻・社殿の造り・彩色ともに良く造られ手入れされています。
境内社・三社
七福神殿 神社社地内の幼稚園
推定樹齢300年〜400年の全国で唯一、県指定天然記念物となっている木瓜。
「ボケ」の韻からきているのでしょうか、ここはボケ防止の社としても有名なようです。

(追記・平成20年4月3日)
【狛見倶楽部 佐野支部 クマちゃん通信員】から、入口の桜と、上記の木瓜の開花写真が送られてきました。
桜と木瓜の見事な競演です。それぞれの木が自分たちの生命力を素直に表現しているようで、素晴らしいですね〜。