八幡神社

前橋市鼻毛石町581(平成19年5月27日)

 この神社は101号線鼻毛石信号から東に450m程行き左折。群馬用水を渡り、尚も200m程進むと右手に鎮座しています。入口左には社務所が建っていますが無人のようです。鳥居を潜ると奥行きのある細長い境内で、正面に建つ拝殿はコンクリート造りでした。覆われてはいますが本殿は、品の良い彫刻が施されたなかなかの造りです。
 拝殿前の大きな岩は「磐座」かと思っていましたが、「硯石」といって寛治元年(1087)出羽の清原氏の内輪もめで出陣要請された源義家公が、その途中当地を通られ、この地で休憩したおり、村人が集まり多いに歓迎をし、また、この時義家公の徳を慕って、従軍を希う者が多かったので、義家公が従軍者の名簿を記そうと硯を取り出しましたが、生憎干抜で何処にも水がありませんでした。そこでこの大石の窪みにたまっていた水を硯にとり、名簿を記したと伝えられています。その後村人がこの石に注連縄を張り、「硯石」と称し大切に保存しているのだそうです。
 因みに「鼻毛石町」という面白い地名の由来は、赤城山の噴火で飛んできた石に、鼻の穴の形をした2つの穴があり、その中に生えたコケが鼻毛のように見えるからとのことです。

 御祭神:誉田別命、配神:菅原道真公、建御名方命、火産霊命、早良親王、伊予親王、藤原夫人吉子、橘逸勢朝臣、藤原広嗣朝臣、吉備真備公、文室宮田麿朝臣
 由緒:創建は不詳で、明治35年境内末社4社(菅原神社、諏訪神社、愛宕神社、御霊神社)を合併しました。

神社遠景 社号標「村社 八幡神社」
一の鳥居 軍馬応微紀念碑
参道の二の鳥居 注連縄の張られた「硯石」
向拝のないコンクリート造りの拝殿 本殿覆い屋
壁面を除いて至る所に品の良い彫刻が施された本殿
特に縁下に施された飾り彫刻が珍しいのでは…?と思いました。
末社 拝殿前から振り返る