大津神社

飛騨市神岡町船津1823-2 (令和元年8月18日)

東経137度17分50.20秒、北緯36度19分53.33秒に鎮座。

この神社は、飛騨市の北東16km程の辺り、神岡町船津の街中に鎮座しております。

御祭神 大彦命

由緒
創祀未詳。国史見在社。飛騨國八社の一。傍らに大津山宗慶寺と号す所謂天台宗なりと云ひ伝へる別当職あり。往古氏子八十余戸御社南面に崇め、北三丁隔地、高原川の水岸近く、家居して大津と謂ふ。然るに時々水災あるを愁たみ家居を今の地に移す。その頃往還通橋を流損すること再三なる故に船を造りて渡を求むるに人皆不図船津と化唱す。大津敷座す地は古今に大津と確唱す。中昔殿村諏訪城主江馬家代々尊敬の御社にして十四代左京之進平時経、二男重種を以て大津の地に居館を建て住す。改姓して大島近輔平重種と称す。此地理高原川と山田川の二流を合す州崎の島形なるを以て大島と改むか。大神を厚く信敬して社殿を造営あり。江馬、大島両家より奉納の神宝産子貯せしを文化11年(1814)8月22日市中大火の節焼失す。天正10年(1582)、江馬・大島両家没落の後神社造営不行き届き、宗慶寺廃絶す。文化年中信州の小県郡西条村関沢築後守藤原頼美当社の大宮司奉仕。文化14年(1817)2月4日頼美上京して神祇官領に願い出禁裏に奏上あれば官弊御告文勅許。正二位。明治5年(1872)筑摩縣下19区の郷社。同8年当区49ヶ村合併し神岡村と改正す。明治28年(1895)社殿境内社焼失明治34年(1901)4月1日現在地に移転。昭和5年(1930)縣社に列す。
岐阜県神社庁公式サイト より。

参道入口と一の鳥居

二の鳥居

拝殿

拝殿前の狛犬。拡大写真はこちら。

(昭和3年(1928)4月建立)

拝殿内部

本殿


攝宮

稲荷神社

木魂神社