堂山王子神社

田村市船引町門沢堂山(平成16年5月28日)

妙に生々しい仁王像。古けりゃ〜良い、という気もないのですが

重要文化財
堂山王子神社本殿と書いた看板があるが、神社の本殿というより、ずばり元は阿弥陀堂か、何れにしても寺だったと思う。
 帰宅後調べるとやはり、明治以前は観音堂で室町時代の後期のカヤ葺き(補修後銅板葺き)、寄棟屋造りとありました。

神社入口

仁王門

 堂山王子神社は、もと堂山観世音といい、延暦20年(801)坂上田村麿が征夷大将軍として、この地の巨賊「大多鬼丸」を討つため軍勢を進めたとき、門沢山の小茅のお堂に入り泊られました。この時、六観音を安置して戦勝祈願をこめ大勝を得ました。その後、東北を平定して都に帰られた将軍は、大同2年(807)飛騨の巧匠を遺して建造されたのが、この堂山観音堂と言われています。将軍の戦勝祈願した時の観音中の准胝観世音を中御本尊と奉祭し、戦いの犠牲となった軍馬の霊を弔うために建てられたお堂ともいわれています。以後、馬の神として広く信仰されました。
 明治の廃仏殷釈のとき焼払われようとしましたが朽ちはてた王子神社の御神躰を、堂山観音堂に遷座したため、焼打の難は免れたといわれています。
            (船引町教育委員会 文化課 資料より)