小平潟天満宮

那麻郡猪苗代町中小松小平潟(平成16年7月18日)

 日本三大天満宮の一つといわれています。猪苗代湖畔の松林の中に有り、周囲の雰囲気はとても良い神社です。しかし、正面から見ると平成の大量生産狛しか見えなかったので、失敗した.......と思ったのですが。

 村山眉毛にかなりな奥目、大きく垂れた耳、クルクル巻き毛に流れる毛先、前足の毛もかなりフサフサしています。玉にも模様が彫られ、全体的にしっかりした構成で造られています。

吽像は、今まさに満開の牡丹を手に、少し仰ぎ見るように遠くを見つめ、穏やかな表情で、見る者を落ち着かせる雰囲気を持っています。
流石天満宮の狛、理知的なお顔です。

小平潟天満宮の歴史は古く「京都北野」「九州大宰府」とともに日本三大天満宮と称されています。天暦元年(947)村上天皇は菅原道真公のご神像を彫らせたが、小さいため、別に彫りなおして北野に奉納しました。最初に彫った神像は彫刻家の家に安置しておいたところ、須磨の浦の人がゆずり受けて、自宅に安置し朝夕礼拝していました。その後滋賀県の比良神社の神良種が、この家を訪れて、酒をたのんだところ濁酒を出され「スマンデノムコソ、ニゴリサケナレ」と詠んだところ「コノウラハ、ナミタカケレバウチコシテ」という声が聞こえ、あたりを見回したが誰もいなく、道真公のご神像があるばかりです。これはまさしく神の声と信じ、ご神像をゆずり受けて、神の希望の地に神社を建てようと、ご神像を背負って旅に出ました。全国津々浦々を旅して、この小平潟の浜に着いて、風景にみとれて休んでいました。出発しようとしてご神像を背負うとしたところ重くて持ち上がりません。これはこの地を神がお気に召したものと信じ、良種はこの地に神社を建立し、自ら神官となり祭祀をつかさどりました。天暦11年6月25日(948)のことで、学問の神さま、小平潟天満宮のおこりであります。

本殿は町指定重要文化財と書いてある。だったらちゃんと見せてよ.......残念

神社入口

参道

やけにおじさん顔の平成狛犬

奥に居ました。大正十四年製作の物です

拝殿