石森神社

福島市鎌田石ヶ森1 (平成19年8月25日)

東経140度29分14.26秒、北緯37度47分32.35秒に鎮座。

この神社は、阿武隈急行・卸町駅の東約300mに鎮座しています。社号標や拝殿の額には「石森神社」とありますが、拝殿前には狐さんが置かれ、地図には「石森稲荷神社」とありました。境内北側に石森稲荷神社の社号標と入口が有り、社殿内には狐がこもっていても何ら不思議がないような石のむろ穴が祀られていました。私達は、境内社として青麻神社、道祖神社、古峯神社、水神等が祀られているので、元々稲荷神社だったこの地に、近隣の諸神社が合祀又は合体され、地名を冠した社名に改称したのではないかと考えています。
遠景でも分かるように、福島市卸町団地の造成の為、山の半分ぐらいが削り取られてしまったという「石ケ森」ですが、まだまだ鎮守の杜が沢山残され、境内西側の樹間には今でも岩がゴロゴロしていて、狐が住めそうな雰囲気が漂っていました。
約千年前、平安時代の創祀で、御祭神は保食大神です。五穀豊穣、商売繁盛、安産の守り神としての信仰が厚く、又昔の交通の要所であったため、旅人の道中安全を祈願したとも伝えられています。

平成24年3月4日、福島市鎌田の新町若連の方よりメールを戴きました。ちょうど良い機会と、リニューアルし、戴いた写真と文章、後に追加してあります。

神社遠景

社号標と神社入り口

拝殿

本殿


石森稲荷神社、社号標と入口

参道に建つ朱の稲荷鳥居の行列

拝殿

伝説の「信夫の三狐・加茂佐エ門狐」の祠?


境内社・青麻神社、道祖神社
境内社・古峯神社、入口と社殿
境内西側の石ケ森
信夫山の伝説に、半田山の大男の手からこぼれて出来た山が「石ケ森」で、信夫の三狐といわれる、御山の御坊狐(ごぼうきつね)・一杯森の長次郎と並んで、ここ石ケ森には鴨左ェ門という伝説の狐が住んでいたという伝承が残されています。なるほど、裏山には樹木の間に今でも岩がゴロゴロしていて、狐が住めそうな雰囲気があります。

水神碑


以下新町若連の方よりの新情報。

福島県福島市の鎌田の新町若連の者です。この度は「新町総鎮守・旧郷社石森稲荷神社」を取り上げてくださりありがとうございました。震災や原発の事故から1年が経とうとしていますが、福島はまだまだ復旧に時間がかかりそうです。そこで地元の新町は、前倒しで石森稲荷神社で新春の初午祭を行いました。その時の様子をわずかですが写真でお送りします。震災で鳥居が倒壊し、現在は大きい鳥居に新設されました。未確認ですが「鴨左衛門」の石像も新設されたそうです。例祭は毎年11月3日、文化の日です。大変賑やかな例祭なので、もしお時間がありましたらお越しください。また、周りの神社(鎌田の水運神社や丸子の大地鎮神社)の鳥居も新設されてます。

管理人が、石森神社と石森稲荷神社の関係を尋ねたところ、以下の返事を戴きました。

石森神社と石森稲荷神社の関係ですが、私も詳しくは分かりません。石ケ森に元々あったのは「石森神社」で、亡くなった鴨左衛門を祀るために「石森稲荷神社」を設けたという話を大昔(笑)に聞いたことがあります。さらにこの鴨左衛門は三狐の末っ子(兄弟)説があり、長男の御坊、次男の長次郎、三男の鴨左衛門、トータルで三狐と私は称してます。これも大昔に先代から聞かせられました。

参道

新設の鳥居

拝殿

拝殿内

ライトアップされた神社


ちなみに私の実家が管理している子持稲荷神社という小さい神社があるんですが、こちらの写真も1部お送りします。生意気に太皷一式と幟(例祭では写真のよりもっと大きい物を揚げます。)まで所有してます(笑)いずれは山車も…と考えております。

子持稲荷神社

阪神淡路大震災の後、淡路島を訪れましたが、神社の再建の早さに驚きました。ここ福島も、神社の復興が優先されているようです。やはり神社は氏子の或いは地域の人々のより所となっていると思われます。