老松神社

糟屋郡篠栗町尾仲732 (平成30年1月7日)

東経130度31分10.24秒、北緯33度37分01.19秒に鎮座。

この神社は、JR篠栗線・篠栗駅の西南西1km程の辺り、尾仲の街中に鎮座しております。

御祭神 三柱
 右殿 斎世親王(人皇第60代醍醐天皇の弟君 道真公の御息女の御婿君)
 主神 菅原道真公
 左殿 正三位中将英明公(斎世親王の御長男)

由緒
老松神社(生田の森)の草創は古く、上古大宰府天満宮の神領地であったので、正二位菅原道真公御一門の方々が御祭神として祀られている。尚神領地になった歴史は不詳なるも、天満宮安楽寺草創日記に記載されている史実に基き、道真公は承和12年(845)6月25日古人、清公、是善と代々学者の家として朝廷に仕えた菅原家にお生れになった。
天賦の才は幼少の頃より人々を驚かせられた由、昌泰3年(900)9月宮中清涼殿の菊の詩会で詠まれた詩

君は春秋に富み 臣は漸く老いたり
恩は涯岸なく 報ゆること猶遅し
恩賜の御衣拝受

延喜3年(903)2月25日栄光と苦難の59歳の生涯を終えられた。
其の後、延喜19年(919)勅命により天満宮安楽寺が建立された。さらに朝廷は延喜23年(923)4月、道真公を右大臣に復し、正暦4年(993)太政大臣の位を贈り、公の御霊を慰めることにつとめられた。

御社殿は永正12年(1515)乙亥年に多々良朝臣弘詮が建立した。しかしそれは天正14年(1586)8月、秀吉公の九州出兵により高鳥居城(岳城)攻防の際焼失した。後、慶長9年(1604)黒田継高候のときに再建された。
其の後再修理されて現在に至る。明治5年(1872)11月3日村社に列格、昭和4年(1929)10月15日神饌幣帛料供進社指定
希くは神明此の誠志を照覧あって国家安康と人々の幸福を無窮に護らせ給え。
境内由緒書き より。

参道入口

参道

拝殿

拝殿前の狛犬。拡大写真はこちら。

(大正8年(1919)6月上旬建立)

拝殿内部

本殿


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御神木の楠