鮭神社

嘉麻市大隈542(平成22年4月4日)

東経130度45分35.29秒、北緯33度32分1.92秒に鎮座。

 この神社は211号線沿いに参道入口があり、神社はそこから北東に約100程入ります。211号線沿いの一の銅鳥居から参道・一般道兼用の道路を行くと、市指定天然記念物・夫婦楠と共に鎮守の杜がこんもりと見え、境内への石段は神社脇に付けられています。二の鳥居を潜離石段を上がると、右に夫婦楠の巨大な根が張り、樹齢700年の生命力に圧倒されます。
 拝殿脇には建立年代不明の狛犬がいますが、ここの狛犬には子狛がいて、その親子連れの姿に、思わずこちらも微笑みを返してしまいたくなる、そんな可愛い子狛でした。
 日本で唯一の「鮭」という字が付く神社だそうですが、入母屋造り唐破風付きの拝殿内には「鮭大明神」の額が掛かり、所狭しと鮭の奉納額が飾られています。
 又、境内には沢山の境内社と共に、「説曰為海神使毎年鮭耒此處」碑も祀られています。

 御祭神:彦火々出見尊、鵜葺草葺不合尊、豊玉姫命
 祭礼日:10月10日
 境内社:愛宕神社、貴船神社、大神社、稲荷社、五穀神社、高木神社、天神社
 由緒:古事記中巻=神武天皇は兄五瀬命と高千穂宮で相談なされて、天下を治めるのによい所を求めて東をめざして日向を出発なされた。豊後豊前をすぎて筑紫の岡田宮に一年滞在されたとある。
その時、途中で天皇は躬親しく神籬(ヒモロギ)を設けて高木の神を當村岩岳山の尾上に祭り給ふとある。詳細 は別書「社傳」にあり。
 続日本紀三十巻=人皇第四十九代光仁天皇宝亀元年(西暦七七0年)筑前國嘉摩郡人財部宇代(ウマシロ)なる 者、神託に依り初めて社殿を造営し奉る。社傳に第四十八代称徳天皇治五年神護景雲三年とあるも同じ年で今より壹千貮百○五年前の事。
 筑前國続風土記拾遺=鮭大明神祭礼の九月廿三日此社に奇事あり毎年■魚が社辺の川に上り耒ることありといぶかしきに似たり長さ二、三尺の鮭が社辺まで上り耒るがこれ海神豊玉姫は御子葺不合尊の許へ」御使として遺し玉ふものであり上大隈から遠賀川の河口芦屋までは十二里余この間百以上のゐせき有恙無事に上り耒ればその年は豊作でありこれを途中で捕えて食べれば災禍に遇ふと云い盲目になるとか家が絶える等の云い傳えも廣く信じられていて鮭を神の使いとする村の氏子の人々は今だに鮭は喰べない習慣が残ってゐる
鮭は神の使いと崇められてゐるから
 筑前國続風土記(貝原益軒先生)=■大明神、大隈村の産霊なり 霜月十三日祭あり?魚を神に崇むといふ、これ古にいわゆる鮑君神にやいぶかし。鮑君神とは漢籍風俗通に鯛陽の人鮑魚を神として治病求福に効験ありし事を誌す。註 これとは大いに異なる
 福岡県神社誌=鮭神社嘉穂郡大隈町大字大隈字藤木 由緒不詳
毎年十一月十三日は必ず鮭魚遡り耒る。けだし龍神の使なりと言う故に献鮭祭と称す魚の中一つたおるればまた尋ねて来る故にその数計り難く海汀を」距る十余里にして水源まで僅か二里に過ぎず 大正十四年四月十六日「村社」に列せらる 神饌幣帛両供進指定大正十四年四月三十日

 附記
一、鮭は北海道か東北地方で生長する魚で南方九州にしかも嘉摩川に遡り耒るとは不思議な事で神の使として崇めるのも尤もだと思ひます
二、海神の使となって川を上り耒り氏神様を俎石から拝礼した鮭を埋める所を鮭塚と云ふ昔は神社の絵には拝殿の左方にあるも現在は右方にある(弐百拾弐年前の石碑から)
三、私共氏子は鮭を捕まえた人々が持参してくれたら神前に御供して神官を呼び祝詞を上げて頂いて鮭塚へ埋める習慣になってゐた
四、それが戦時中下流で石炭を水洗した等の為河水が極度に汚濁され戦后は農薬で公害と云ふ悪條件の処に沢山のいせきは全部コンクリートで固められて鮭が遡り耒るには大変妨害となってゐるので嘆いてゐた所最近流水だけは漸く昔の清流になり今では神の使が昔の様に無事上り耒る事を念願してゐます
五、最近では大東亜戦の初め頃まで昭和十年頃まで神の使は遡り耒たと思ひます
六、祭礼の当元は上下二組に二軒づつで座を持って御馳走には前の河をほして川魚を取り特にイモガラとドチ゛ヨウ汁つくる御平には大根の最太なるもので縦割にすれば鮭の姿を形取ったものができて赤いコショウをつけて目とする。祭終了後頂いて帰り自宅の神棚に供えました。尚大盛のお飯をつける。せめん飯と呼ばれ喰べ終るのに仲々責められるやうに苦しかった。酒は飲み放だい。
七、昔云ひ傳えるには鮭様は此界隈では最も有名な勢力ある神様であったのでその雄大な社殿は一時焼き払はれたと云います。多分戦国時代か秀吉の九州拓代か
八、鮭と鱒とは兄弟の様な魚でよく似てゐる、中益下益は鱒に通ずるが當社の鮭(上大隈)と何等かの深い因縁があるのではないか
九、終戦后日本の各地の大学講師や学生又は郷土史家や研究家等の来訪絶えず

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211号線からの参道入口
211号線沿いの一の銅鳥居 鳥居に掛かる額
社頭
境内への石段
二の鳥居 社号標「村社鮭神社」
境内への石段参道
拝殿脇にいる建立年代不明の狛犬
阿は口中に玉を含み、吽は小さな玉を踏みつけています。この地域の典型例ですが、阿の背中に子狛がいるのが目新しいですね。
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この子が子狛ちゃんで〜す。やんちゃそうな可愛い子でしょ?
拝殿
拝殿内の掛かる額
「鮭大明神」
拝殿天井絵
拝殿内に飾られた「鮭」の奉納額
流造りの本殿
「説曰為海神使毎年鮭耒此處」碑 境内社:愛宕神社
境内社:貴船神社、大神社、稲荷社、五穀神社、高木神社、天神社
「鮭大明神」額と猿田彦大神 猿田彦大神

サーモンミュージアム館長のサーモンレポート「鮭神社」を訪ねて」に
専門家から見たこの社と鮭の関係について書かれています。