古宮

皇居橿日宮の跡であり又、神功皇后が自ら仲哀天皇の神霊を祀 られた香椎宮創建の地でもある。貝原益軒の『筑前国続風土記』には、社家の言い伝えとして『仲哀天皇この行宮にて崩じ給いぬ。天皇の御屍をおさめし御棺を、しばらく椎の木にかけおかれしに異香四方に薫ず。これによって、所の名も香椎というといえり』とあるようです。椎の木にかけられた仲哀天皇の棺から香りが、漂ったことから、香りの椎「香椎」という地名が起こったと云う。

摂社 古宮大明神址
祭神 仲哀天皇
由緒 神亀元年十二月二十日(724)仲哀天皇、神功皇后を併祀する香椎廟とし、新宮に遷宮されてより、年を経て、何時しか(恐らく平安末鎌倉初期)香椎廟が普通神社の如く取扱われ、祭神も神功皇后一柱とせらるるに至り、仲哀天皇の御神霊を聖地に移し摂社として祭る。大正四年十一月十日仲哀天皇を香椎宮に御加列になり又本宮に移し祭る。今旧宮地の玉垣のみ残れり。

神社入口

参道

古宮大明神址。正面が棺を掛けた椎木。

更に続く参道

仲哀天皇の居(橿日宮)址