須可麻(すかま)神社

三方郡美浜町菅浜98-3 (平成22年7月30日)

東経135度58分46.7秒、北緯35度39分9.4秒に鎮座。

この神社は、敦賀半島の西側付け根の辺り、菅浜海水浴場の近くに鎮座しております。

須可麻神社由来書
御祭神 世永大明神{菅竈由良度美姫(すかまゆらどみひめ)}・麻気大明神
例祭 暦年六月二日
由緒
敦賀半島及び、美浜町東部(旧山東村)は、古朝鮮(新羅)の王子であった天日槍の一族が集団渡来(亡名帰化)した地点とされ、それにまつわる地名の多い地域とされています。
菅浜には、その天日槍の子孫である菅竈由良度美という人が住みつき、焼き物作りをされ、若狭地方に焼き物を広められたと言われています。その焼竈をお祭りした社を菅竈神社と定めたのが須可麻神社のはじまりと推定されています。又、菅竈由良度美は敦賀の気比神社や常宮神社に祀られている神功皇后の祖母に当たり、菅浜には神功皇后や夫の仲哀天皇、その子応神天皇にまつわる神話も伝えられています。
境内由緒書より。全文はこちら。

当社の地名も、元々は神社名の須可麻であったと思われます。菅窯、菅浜と変わっていったようです。「スカ」とは古代朝鮮語で「村」を意味すると云う。古い時代、須恵器等を造った帰化人の集団がこの地に住み着いたようです。

神社入口に立つ一の鳥居

鳥居後ろの出雲丹後。拡大写真はこちら。

(昭和4年(1929)1月建立)

境内。社殿はやや横を向いて建っており、おります。

二の鳥居

社殿

社殿前の滋賀県型狛犬。拡大写真はこちら。

(年代不明)

神額


稲荷神社?

社殿

狐さん達。摩耗しており、表情も良く分かりませんが尾を立てず、脇に流しています。耳は既に欠けています。

多賀大神・八坂大神・大國主大神・塩竈大神・天照皇大神