三島神社

松山市久万ノ台(平成20年3月26日)

東経132度44分44.55秒、北緯33度51分7.03秒に鎮座。

 この神社は、伊予鉄道高浜線・衣山駅の北300m程の辺りに鎮座しております。市街地ですが入口は緑で覆われ静かな雰囲気をかもし出しています。

三島神社
祭神 大山積命 高龗命 雷神
由緒
 当三島神社は、聖武天皇の神亀五年八月二十三日(728)大三島宮より伊豫の国、百三郷に大三島大明神を勧請した。
往古より西の古宮山俗に紫山に鎮座し、里人の崇敬を受けていたが、延宝六年七月(1677)元御旅所であった当地、久保ケ谷に奉遷した。
 以前は、河野氏、久枝氏等の崇敬あり、殊に河野小太郎行恒は、氏神社として常に崇敬があった故に、本社はもとより、末社十六皇子社に至るまで、殿宇は壮大にして社領も数多くあったが、豊臣秀吉の四国征討の際、没収せられたと伝えられており、明治三十九年四月愛媛県告示第三百十六号を以て神饌幣帛料を供進することを得べき神社に指定せられ、昭和二十年まで久枝村長が参向供進していた。
平成五年四月吉日 三島神社建設委員会撰文
愛媛県護國神社宮司 波爾荘 謹書

神社入口

参道と社号標

石段上左右の狛犬。阿吽共に恐ろしげな顔つきですが、子狛を持つ吽の方が一段と怖そうです。拡大写真はこちら。

(弘化3年(1846)8月吉日建立)

拝殿と本殿

ここでは集められた祠群を若宮様と言うのでしょうか。