松山市南江戸5-12-1(平成20年3月26日)
東経132度44分45.4秒、北緯33度50分14.94秒に鎮座。
この神社は、松山総合公園のすぐ南東側に鎮座しております。我々が訪れたのは夕方4:40分頃、小雨がしとしと降る中での参拝だったので、ゆっくり過ごせなかったのですが、天気の良い時であれば景色の良い神社だと思われます。
愛媛県松山市南江戸鎮座
旧郷社朝日八幡神社御由緒
当社の御祭神は品陀和氣命(ほんだわけのみこと)、帯中津彦命(たらしなかつひこのみこと)、息長帯比賣命(おきながたらしひめのみこと)、市杵島比賣命(いちきしまひめのみこと)、多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)、多岐津比賣命(たきつひめのみこと)の六柱の神様です。
社伝によると、持統天皇(六八七〜六九六)の代に、沼台(ぬみだい)の地に建てられ、沼戸明神(ぬみとみょうじん)といわれていました。後に、山城国(京都と大阪の境)の山崎八幡宮から神様をお迎えして山崎八幡宮と改められました。その後、延文六年(一三六一)に、この八幡宮を守り神として敬っていた伊予守護の河野氏によって、沼台の地から朝日谷(現在の場所)に移され社殿が新築されました。さらに応永十九年(一四一二)にも、河野氏により、社殿が増築されています。慶長八年(一六〇三)松山藩初代藩主加藤嘉明は、松山城の守護神として松山城周辺の八社八幡を選び、当社をその六番社として篤く敬いました。藩主が城より西方を眺めた際、神社本殿の瓦が朝日に輝いているので、社名を朝日にせよと奨めがありました。一般には慣れた旧称で呼ばれていましたが、正式には明治三年(一八七〇)朝日八幡神社と改称されました。その後明治二十年(一八八七)に火災で焼失し、翌年現在の社殿が新築されました。
〈主祭日〉
一月一日 歳旦祭
二月三日 節分祭
三月末〜四月上旬 春祭(神楽)
七月十五日 夏越祭
十月五・六・七日 例祭(神輿渡御)
十一月二十三日 新嘗祭
十二月三十一日 除夜祭
社務所 愛媛県松山市南江戸五丁目十二ー四
電話・FAX(○八九)九ニニー四四六八
参拝の栞より。
御祭神:品陀和気命・帯中津彦命・息長帯比売命・市杵島比売命・多紀理比売命・多岐津比売命
由緒:持統天皇の御代地主神を沼台に祭り沼戸明神と称した。此地は仲哀天皇、神功皇后行宮の跡と伝え、其後山城国山崎八幡宮を勧請し山崎八幡宮と改称。延文六年平範有沼台から現地に奉遷し社殿を新築した。明治三年現社号に改め同四十年郷社に列す。
神社名鑑より。
参道入口。参道はほぼ北に真っ直ぐ100m程登ると境内です。しかしこの附近に駐車場はありません。車で行かれる方はこちら。
入口脇に咲く桜。
参道と途中の稲荷社
参道途中の奈良原社と桜
神門と拝殿
拝殿内部と本殿