天御中主(あめのみなかぬし)神社

四街道市山梨823(山梨妙見神社・山梨城『月見里城』跡) (平成29年6月24日)

東経140度11分49.63秒、北緯35度40分10.61秒に鎮座。

【神社情報・1948さんより】
私は豊受神社を参拝後、10分程歩き、当神社を訪れました。幾つかの地図では当社を「妙見神社」としていますが、案内板にて当神社の所在地は「山梨妙見神社跡」となっています。

御祭神 天之御中主大神

御由緒
当社は、北斗山金剛授寺尊光院(現・千葉神社)の主祭神「北辰妙見尊星王(妙見菩薩・明治元年神仏分離令後に天之御中主大神)」の分霊が祀られています。北極星・北斗七星が神格化した妙見菩薩は、平安時代後期(12世紀前半)から下総国を治めていた桓武平氏支流の「千葉氏・臼井氏」が、一族の守護神として代々崇敬していました。鎌倉時代中期(13世紀中頃)には、臼井氏の一族が「山無氏(山梨氏)」を称して、山梨地域を治ていました(『神代本千葉系図』)。
その後、千葉氏宗家重臣として仕え、戦国時代中期(16世紀前半)には千葉氏当主・千葉介昌胤三男の正胤が「月見里氏」を称して当城に居城したと伝わっています(後の江戸幕府野馬奉行綿貫氏・『四街道町史』)。当社は、戦国時代初期の明応元年(1492)9月15日創建と伝わり、山梨氏・月見里氏一族の氏社であったと考えられています。
四街道市教育委員会

入口

神額

大甕の説明

社殿

境内