野里神社

袖ヶ浦市野里742 (平成23年9月11日)

東経140度2分48.86秒、北緯35度23分44.99秒に鎮座。

【神社情報・「狛犬小僧」さんより】
県道165号線が地方道24号線と交差する地点から165号線を南西に約600m進むと道路右側に鎮座。

御祭神 天御中主命

由緒
往古、此里に椎の老樹あり、毎夜煌光を放つ、里人之を異とし祠を建て之を祀る。時に養老元年(七一七年)の事と伝える。後世之を妙見とし崇敬する。明治維新後、近くにあった妙見寺と合祀し、祭神を天御中主命とし、更に崇敬される。社殿は、寛永四年(一六二七年)に造営されたとされるが、明治二十三年(一八九〇年)二月八日火災により焼失し、同二十八年に再建された。再建に当たり、内務大臣を務めた副島種臣氏の書による、「埜里神社」額がある。又、龍等の彫刻は、安房北条の後藤忠明氏等により製作され、萩原裕撰、香川?書による再建碑も残る。昭和三十二年(一九五七年)に屋根の一部が修復され、さらに平成十八(二○○六年)区民の熱意により、大幅な修復が行われた。(出典 平川町史)
(以上 神社案内板による)

管理人の一言。御祭神は天御中主命ですが、御神体は妙見神だそうです。もう戦前の国家神道では無いはず。堂々と御本尊は妙見大菩薩と書いても良いのではないでしょうか。

神社入り口

参道

ひょうきん顔の江戸流れ。拡大写真はこちら。
(大正4年(1915)11月22日建立 野里青年団の奉納)

手水舎

享保十二年製手水石

拝殿

向拝 神額

向拝右側

向拝左側

向拝の龍と木鼻の狛犬

末社

石祠

富士塚?

小六明神

社務所

イチョウ

ケヤキ

小学校跡の石碑