愛宕神社

野田市野田725 (平成22年5月29日)

東経139度51分54.6秒、北緯35度56分45.7秒に鎮座。

【神社情報・1948さんより】
東武野田線、愛宕駅より数分の所に在ります。

御祭神 迦具土命
御由緒
同一境内に愛宕神社(愛宕権現)、勝軍地蔵尊(愛宕権現の本地仏である勝軍地蔵をまつる)、愛宕山西光院(別当寺?)があります。今でも神仏習合を見ることができます。

野田開墾の後、火の災難を防禦せんが為、山城國愛宕郡愛宕(現在の京都市右京区)の里からこの地に迦具土命の御分霊を遷奉りて氏神とした。時に延長元年(923)であります。迦具土命は雷神を祀り、防火を司る神様であります。依って野田郷開墾後、郷内に勢力を伸ばしはじめた土豪(農兵)等の間に争いなどがあり、山火事ばかりでなく兵火の心配も多く故に火伏の神を祀ったと伝えられています。迦具土の「カグ」とは火の輝くこと「ツチ」とはその霊力のことであり、この神名は火の輝くお力について言ったものであります。
また火霊神(ほむすびのかみ)とも言われ、火が万物を生み育てる力の根源である霊力を称えた名であります。古代の農耕守護、五穀豊穣の神様であります。他に、愛児(あたご)様とも申しまして安産、子供の成長生育の神様でもあらせられます。
境内由緒書より。原文はこちら。

神社入り口

社殿

大変珍しい江戸時代のブロンズ製狛犬。良く大東亜戦争時供出させられなかったものです。拡大写真はこちら。

(文久3年(1863)癸亥9月吉日建立)

本殿裏の彫刻。拡大写真はこちら。

愛宕神社本殿の彫刻は"匠の里"と呼ばれる花輪村(現在の群馬県東村)出身の二代目石原常八の作です。常八は、当時かなりの腕利きで、関東一円にその作品を残しています。意匠や技術に優れた江戸時代後期の典型的作品です。平成16年に千葉県の『有形文化財』に指定されました。野田市公式サイトより。

本殿裏手・勝軍地蔵尊絵馬

勝軍地蔵尊

脇社

元入口

愛宕山西光院参道

元禄7年(1694)甲戌11月吉日建立の鳥居に掛かる額

元入口を守る岡崎型狛犬

宝暦14年(1764)甲申6月吉日と台座にありますが、勿論先代のものと思われます。

先代

境内社入口の鳥居

稲荷神社 秋葉神社・三峰神社

松尾大神

大鳥神社

疱瘡神・天満宮・秋葉山

力石

神楽殿

愛宕山西光院。車の乗り入れ固くお断り、通り抜け厳禁とか書かれています。寺は個人所有だからでしょうか。

愛宕山西光院参道

西光院参道の一番右端にある不明の境内社