阿夫利神社

印西市高西新田227 (平成21年4月19日)

東経140度05分47.67秒、北緯35度48分43.96秒に鎮座。

【神社情報・「狛犬小僧」さんより】
59号線(木下街道)沿いにある一の鳥居(東経140度06分12.43秒、北緯35度48分27.81秒)から西に800m程で神社入り口です。

鎮座地
千葉県印西市高西新田字石尊に鎮座。境内面積は一千百五十坪。

御祭神 石凝留命、石裂命、日本武尊、根裂命
由緒
明和元年、海上郡銚子海底より青石二個取上しに、其の石往々奇怪のおとあり、其の土地に於いて、住民之を崇敬する者多し。
其の後祈願も其の願いに応じ利益少からず、のち住民供之を名づけて世直し石尊と尊称す。すなわち悪風を直し正に帰せしむるが故なり。
住民或は其里に移し鎮守となさんとするものあり、或は相模の国石尊社へ奉納なさんとするものあり、論議の末終に奉納するの議に決せり。因て俄に神輿を作り其内に蔵し、発程方角を占して、各駅村を巡行し、将に奉納なさんとす。同年十二月中旬、近隣誉田村村及清戸村へ着せり、夫より浦部村鳥見社に着し、此処に暫時安置し程なく近隣同国相馬郡布佐駅へ奉送せんとせしに、豈図らんや時すでに月迫の故か、同駅に於いては更に受けず引返し、なお亦帰村の上安置す。其夜村吏のもの夢みらく、青衣の老人ニ名、来り曰く「俄等を高西新田鎮守両社の内へ合祭せよ」と言い捨て消失せり。
村吏驚きて其夜明くるを待ち、同新田兼帯浦部白幡両村一同集議して神意に任せ同二年六月ニ十七日両社境内の凸地の頂に奉納す。因って年々歳々同日を以て祭る。

御神徳
荒神なるをもって破魔勝運、家内安全、商売繁昌、交通安全、学業成就に霊験あらたかなり。
御祭日
初囃 一月最終土曜日(宮内 最終日曜日(本郷、白幡両区)  
渡御の道程に於ける部落各当屋にて御神輿の梯子立てをし囃す。

例大祭  七月最終土曜日
浦部区鎮守鳥見社より発輿し、宮内、本郷を渡御し白幡区鎮守八幡宮に奉じ、阿夫利神社に至る。提灯をかざし、境内に至る石段を登り来る雄姿と、境内における梯子立てはまさに当大祭の圧巻である。
七月最終日曜日
遠方各地より講中講員多数参拝す。尚当日神楽殿に於いては、千葉県指定無形文化財「浦部の神楽」が奉納される。
(以上 阿夫利神社社務所 案内板による)

例大祭 梯子立ては神輿を境内でひっくり返し、地面に叩きつけるお祭りです。神輿をひっくり返し地面に何度も叩きつけ音を出し、この音で神様のストレスや不満を解消する訳です。

管理人の一言。
嘗ての住所は「高西新田字石尊」とあります。又、由緒に「青石二個取上しに、其の石往々奇怪のおとあり」・・・。明治以前は石を御神体とした石尊大権現だったようで、今でも地元の人は「石尊さん」と呼んでいるようです。由緒文中の「相模の国石尊社」とは伊勢原市の大山阿夫利神社と思われます。石尊さん=石凝留命なのでしょうか。問題は御祭神の石裂命、根裂命、日本武尊、三柱の神。「一同集議して神意に任せ同二年六月ニ十七日両社境内の凸地の頂に奉納す」とある「高西新田鎮守両社」の御祭神だったのでしょうか。明治の廃仏毀釈時、虚空蔵菩薩を祀った寺院が石裂、根裂命を祀る「星宮神社」に改称させられた例が多いが、ここもそうなのだろうか。

地図を見ると神社周辺に石屋さんが結構沢山あります。良質の石があるのでしょうか。鉱山のある所には蔵王権現や虚空蔵菩薩等が祀られているが、石屋さんの守り本尊だったのでしょうか。

一の鳥居

入り口階段

二の鳥居

拝殿と神額

上段の阿夫利神社参道入り口と三の鳥居

多分拝殿の辺りのお寺の本堂があり、山頂に石尊大権現が祀られていたと思われます。

石段途中の昭和岡崎型狛犬

(昭和58年(1983)7月吉日建立)

続く石段

この時期にしては厳つい顔の江戸流れ。拡大写真はこちら。

(天保14年(1843)4月建立)

頂上の社殿。梯子立ての最後に真ん中の社殿に石を収めるのだそうです。

拝殿右にある稲荷大明神

稲穂と巻物をくわえたお狐さま

末社

井戸の跡 泉の神様か?

地図を見ると池があるので、水に関する神様と思われます。実際は葦などに覆われて、湿地帯の雰囲気です。

神楽殿 神輿倉。右の神輿が梯子立て用の神輿でしょうか?

不動堂らしき施設

相模の大山を開いた、東大寺の別当良辯僧正が建てたのは「不動明王」を祀る雨降山大山寺。この地にお不動様が祀られていても当然かと思います。

石灯篭 神社外れに有る鳥居