妙見神社

船橋市西船7-3-30 (平成22年2月4日)

東経139度57分40.04秒、北緯35度42分47.39秒に鎮座。

【神社情報・1948さんより】
この神社の前の解説版を読むと宮司さんの苗字が「千葉」、期待できますね。
鳥居を見上げると「妙・見・?」三文字、この書体読めませんので勝手なこと云えません。階段を上りきると、ありました「九曜紋」が三つ。残念ながら社殿にはありませんでした。この辺に千葉氏縁の館が在ったかは確認できませんでした。

寺内妙見神社
御祭神 天之御中主神
 神社の前面を北から南へ帯状に伸びる地域は、最近までは水田地帯、往古には海からの入江で白砂青松、景勝の処で台地の上では、古代から人々が生活していたと推察される。
 この地は昔から「寺内」と称し、西に「本郷」、東に「印内」と間近に各々独立した村落が形成されたのは、すでに鎌倉時代に遡ると思われる。印内は「院内」で寺院内の意であり、それぞれに別の寺領域の中心であった。
 御祭神は古事記神代巻の初めに載る、天地創造、萬物造化の祖神である。
 また北辰星宿を司る御神威により、妙見大神と奉称し、安産子育て、方除け、学業増進、生業繁栄の御神徳を有せられる。
 古来、下総国の豪族 "千葉氏" の尊崇した神で、其の勢力が台頭した中世期に、此の里の鎮守として篤信の士により奉斎されたと考えられる。
 近年枯死した境内老松の年輪が五百年余を示し、その経緯を裏付けている。
 この付近、二子、本郷、西海神等にも元から妙見社の小祠はあったが、(船橋市史・前編)特に「妙見」を神社名とし奉祀するのは当神社のみであり、そこに深い由緒の係わりが偲ばれるのである。
境内由緒書より。全文はこちら。

神社入り口、一の鳥居。

二の鳥居に掛かる「妙見宮」の神額。一の鳥居は昭和のものですが、二の鳥居は不明です。

参道の岡崎型狛犬

(昭和47年(1972)10月吉日建立)

拝殿

本殿覆屋

本殿の写真はこれが精一杯でした。覆屋、隙間あっただけでも良しとします。屋根だけにしてほしかった。

偶にあります。教育委員会の説明板等で「本殿は重文指定で・・・」と書かれていて、そのくせ、全く見えない、あるいは見せない!腹が立って、看板を引き抜こうかと思ったことが少なからずあります。見えるだけで良しとする、そのお気持ち、大変良くわかります。

九曜紋

昭和47年旧状を一新した為、現役を引退された石碑や狛犬。

相方が居なくて、何やら寂しそうに見えます。