長沼駒形観音堂奥の院

千葉市稲毛区長沼町501-1 (令和?年?月?日)

東経140度07分01.66秒、北緯35度39分34.40秒に鎮座。

【神社情報・「狛犬小僧」さんより】
国道16号線と県道66号線が立体交差する長沼交差点から南西に直線距離で540mの千葉北高校の北側に隣接しています。ここから1km程北東にある長沼観音堂の奥の院に当たるのが、この「奥の院」です。

由緒
第三代将軍徳川家光が鷹狩りの途中、愛馬が傷つき元和六年(1620年)その屍を祀った神社である。建物は駒形観音より古く当時のままであり、愛馬が家光の身代わりをしたという言い伝えから、小石を愛馬に置き換えて小石が身代わりをする「身代わり観音」とも謂われている。
(以上 長沼郷土歴史クラブ 長沼さんぽ より一部抜粋)

一の鳥居

神額

二の鳥居

境内

三の鳥居

石灯篭

御神木

文化十四年(1817)製の手水石

参道

石灯篭

拝殿

向拝と身代わり観音?

神額。犢橋はここから北西に広がる地域。

明治十年に検見川の方が奉納した額。

馬の石碑。小石が身代わりをするので、小石が置かれている。

馬頭観世音。明治三十三年十一月製の馬頭観世音石碑。下に馬が彫られている。

馬頭観世音

奉納馬のレリーフ。以前は境内に無造作に置かれていた石絵馬を平成七年に土塀に埋め込んだ。

明治、大正、昭和にかけての馬のレリーフですが、何故か殆どが左向き。

奉納馬。高津新田は現在の八千代市で江戸時代は馬牧のあった所です。

向かって一番右側の最下段の石絵馬。これだけ右向きだが顔は左を向いていた。