倭文神社

南あわじ市倭文委文(しとおりいぶん) (平成19年3月26日)

古くはこの地で倭文織(しづおり)と呼ばれる、美しい織物を作ることが盛んであったと言われる。因みに辞書では「カジノキや麻などを赤や青の色に染め、縞や乱れ模様を織り出した日本古代の織物。綾布(あやぬの)。倭文布(しずぬの)。倭文織(しずお)り。しずり。しどり。」大辞泉 

言いづらいことだが、「しとおり」は淡路訛りか。

このあたりは、かって倭文村と呼ばれ塩田が広がっていたようです。室町末期、大地震で土地が隆起して今のようになったと言う。

拝殿

本殿

倭文布の織工集団、すなわち倭文部の住んでいた地方を後世倭文郷と称するようになったと言う。