黒石市南中野不動舘26 (平成21年7月23日)
東経140度41分06.70秒、北緯40度36分28.70秒に鎮座。
この神社は、東北自動車道・黒石ICより十和田湖方面へ向かう102号線を5km程ゆくと黒石温泉。その黒石温泉の北側、不動舘の渓谷に鎮座しております。享和2年(1802)弘前藩主津軽寧親公が京都より百余種の楓苗を取り寄せ移植したのが始め、と言われる中野もみじ山の中に社殿があり、大変景色の良い神社です。
中野もみじ山散策マップはこちら。
御祭神 日本武尊・大山祇神・坂上田村麿命・岩戸姫命・倉稲魂命・少名彦命
例祭日 七月二十八日
由緒
延暦十四年 (七九五)、坂上田村麿が建立、更に軍が東夷を討ち帰洛せられし後、当国の守護神として社殿を創建したと伝えられる。御神体の不動尊は推古帝十八年(六一〇)唐僧円智上人の作で一木より三体を彫刻し一体は古懸山国上寺に、一体は長谷沢の東光山五輪寺に一体を中野の黒瀧山に勧請したと言われ、世にこれを津軽三不動尊と称せられる。
青森県神社庁公式サイトより。
中野のお不動さま
御祭神:日本武尊・岩戸姫命・田村麿命・大山祇命。倉稲魂命・小彦名命
御由緒
延暦十九年(800)田村麿将軍が東夷征伐の折、当国の守護神として日本武尊を当社に勧請。御神体の不動尊は唐僧、円智上人の作で、中国天台宗の開祖、智嶺の附弟、人皇三十三代、推古帝(604)十三年に来朝し聖徳太子に勝曼経、法華経を奉り、同十八年太子の命に依り当国に来たり。推古帝十八年(609)四月八日、一木より三体を彫刻。
一体は、長谷沢の東光山五輪寺
一体は、古懸山国上寺に
一体を、ここ中野の黒瀧山に勧請。
世にこれを津軽三不動尊と称競られる。
境内由緒書より。全文はこちら。
どう読んでも神社の由緒のようには思えません。要するに明治になり、無理矢理神社にさせられたと思われます。なんと言っても津軽三不動尊なのですから。
神社入り口と社号標
二の鳥居
二の鳥居に掛かる注連縄
三の鳥居
参道は一旦下り橋を渡って境内となります。
神門左右にそびえる県天然記念物、モミの木
神橋より見る不動の瀧
五の鳥居(多分)と狛鶏
六の鳥居
境内
津軽ではお目にかかれないタイプかも知れません。柔和な表情の大変良く出来た狛犬です。拡大写真はこちら。
(昭和16年(1941)旧4月8日建立)
豚鼻、胴長、短足と不格好の典型のような体つきですが、堂々として素晴らしい出来映えの狛犬です。拡大写真はこちら。
(明治19年(1886)丙戌4月8日建立)
拝殿
本殿
「やくしさま」御祭神:小彦名命(開拓三神の一つ・薬師菩薩)。左手の石段は観楓台への道。
天の岩戸さま 御祭神:岩戸姫命
いなりさま
やまのかみ
不動様・坂上田村麿命 | 不明 |
中埜神社
大杉
「やくしさま」の左脇の階段を登って、山道を暫く行くと、やがて観楓台に着きます。紅葉の頃は人出もすごそうですが。
観楓台
日露戦後紀年碑と楓