鬼神社

弘前市鬼沢 (平成21年7月20日)

東経140度25分09.62秒、北緯40度40分59.44秒に鎮座。

弘前市から岩木山を左手に見ながら鰺ヶ沢町に向かう県道を行くと、「鬼沢」という地名が見えてきます。この集落には、「鬼神社」があり、鬼が御神体として祀られ、農業の守護神として地域の人々の信仰を集めています。
 2月の節分だって、「鬼は外、福は内」じゃ鬼に失礼ですから、この地域の人たちは「鬼は内、福は内」と言うんだそうです。

伝説では、このあたりはもともとやせた土地で、作物の実りはきわめて悪かった。そこへ、岩木山の赤倉から下りてきたという鬼が現れ、せっせと荒地を耕し始めた。
 村人は、これはただの鬼ではないと思い、開墾の困難と農業用水の必要を鬼に訴えた。すると鬼は、それでは力を貸そうと言ったきり、姿を消してしまった。ところが、翌朝になってみると、荒れ地を潤すように、一筋の水の流れが勢いよくほとばしっているではないか。村人たちは、さっそくその水を田んぼに引き、以後、その水は干ばつの時も決して枯れることはなかったという。
 村人たちは、非常に喜んで、鬼に感謝するため、神社を建立して「鬼神社」と名づけ、村の名前も「鬼沢」としたという。

御祭神 高照比賣命
例祭日 旧五月二十九日
由緒
当社創立年月日不詳。伝聞の延暦年中征夷大将軍坂上田村麿、東夷征討の勅命の時、岩木山頂上奥宮鎮座顕国魂の高照比売命の霊験を蒙れるにより、岩鬼山に社宇を再建すると云う。その後、大山祇命を配祀すると云う。
青森県神社庁公式サイトより。

鬼神社(おにがみさま)旧郷社
弘前市鬼沢宇菖蒲沢
祭神:高照姫神・伊弉那岐大神・大山祇神
例祭:旧五月二十九日
神紋:まんじ巴
本殿:流造
境内:442坪・・・省略・・・
由緒沿革
延暦年中坂上田村麿東夷征討の勅命を奉じ東国に下った時、岩木山頂奥宮鎮座顕国魂の女高照比売の霊験を蒙るに因り岩木山麓に社宇を再建したという。其後大山祇命を配祀すと伝う。明治十四年郷社に列せられた。
境内由緒書より。全文はこちら。

伝説と公式由緒にかなりひらきがあります。すくなくともこの神社の氏子さん達は高照比賣命ではなく鬼神様に豊作を祈願していると思われます。ひょとすると坂上田村麿に滅ぼされた、津軽の神が祀られているのかも知れません。

神社入り口。幟の鬼の字に点がありません。角が無い優しい鬼だそうです。

二の鳥居と社号標

参道。ここに来るまでに90度左に曲がり、さらに90度左に曲がって社殿となります。鬼を封印する為参道を二回も曲げているのでしょうか。

境内と三の鳥

秋田県の狛犬に似ているような。拡大写真はこちら。

(明治12年(1879)5月29日建立)

何と吽は手の甲に玉を乗せています。まるで曲芸のような。拡大写真はこちら。

(昭和2年(1927)丁卯5月建立)

拝殿前の青い目をした狛犬。拡大写真はこちら。

(昭和6年(1931)旧5月28日建立)

拝殿

拝殿内部

本殿

本殿前の狛犬。拡大写真はこちら。

さらに、参道の狛魚

春日神社