神明社

仙北市角館町岩瀬117 (平成26年6月6日)

東経140度33分58.65秒、北緯39度35分05.16秒に鎮座。

この神社は、JR田沢湖線・角館駅の南西1km程の辺り、岩瀬の街中に鎮座しております。

主 神天照大御神
相殿神加具土神・大名牟遅神・少彦名神・経津主神・武甕槌神・建速須佐之男命・三嶋大神・廣田大神・水波能賣神・大山衹命・白峯主神・伊邪那岐命・伊邪那美命

由緒
神明社創建の時期については諸説があり定かではないが、古くは中世末、この地域を統治していた戸沢氏の篤い祟敬をうけて古城山の一角に鎮座しており、現在地に奉遷されて以来この処を神明山と称している。
現在の本殿は、明暦2年(1656)芦名氏のあとに入郷した佐竹北家によって遷座されたと伝えられ、その頃より時の北家をはじめ領民・氏子の総鎮守として限りない祟敬をあつめてきたのであり、神前には小田野直武氏をはじめ、平福穂庵氏また多数の時の著名画家が描いた奉納絵馬が掲げられている。
9月7日の例祭においては北浦神楽が奉納され、同日夕刻には各町内から曳き出される十数台の豪壮な山車が参拝し、飾山囃子による手踊りが奉納されることでも有名であり、9月8日には神輿渡御が行われ、数多くの供奉者や参拝者で賑わっている。
平成19年10月には、昭和天皇第四皇女であらせられる伊勢の神宮祭主池田厚子様、また、神宮大宮司鷹司尚武様のご参拝を仰いだ。
境内由緒書き より。

参道入口。鳥居と社号標

参道

拝殿

拝殿内部

本殿


青麻神社 山神社

菅江真澄終焉之地
民俗学者で紀行家でもあった菅江真澄は、文政12年(1829)7月19日子の地に住まいしていた
神主鈴木家にて、地誌「月の出羽路仙北郡25巻」は未完のまま没したと伝えられている。

境内より見る街並み