豊川稲荷(妙厳寺)

豊川市豊川町1(平成20年3月30日)

東経137度23分51秒、北緯34度49分16.81秒に鎮座。

 豊川稲荷は、曹洞宗・円福山妙厳寺の境内に鎮守として祀られた「豊川枳尼真天」の通称です。御本尊は千住観世音菩薩で、鎮守の咤枳尼真天の信仰が厚く、通称豊川稲荷の名で知られています。伏見稲荷大社、祐徳稲荷神社と並び、日本三大稲荷の1つとされています。
 鎌倉時代、東海義易の師の寒厳義尹が入宋した折、荼吉尼天の加護を受けたのがきっかけとなり、嘉吉元年(1441) 東海義易が創建しました。室町時代末期には今川義元が伽藍を整備、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などからの帰依を受けたほか、江戸時代になると、大岡忠相や渡辺崋山からの信仰を受け、更には商売繁盛の神として庶民からも信仰されるようになりました。江戸時代に焼失しましたが、その後再建 されています。また、「豊川村誌」に「境内に平八と称する狐および数百の狐あるを以て、世に豊川稲荷という」ともあります。
 明治初年神仏分離の際には、当寺の稲荷は咤枳尼真天という仏法守護の善神であると主張して分離を免れています。
 年に2回、春季大祭(5月4〜5日)と秋季大祭(11月22〜23日)に稚児行列が行われます。
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門前町の様子
社号標 総門
総門を潜ると右側に鎮座している鎮守堂
稲荷の一の鳥居
一の鳥居手前にいる昭和55年生まれの堂々としたブロンズ狐さん
(昭和55年(1980)11月吉日建立)
参道の様子 参道の二の鳥居
大本殿前、昭和5年生まれの優しそうなブロンズ狐さん
(昭和5年(1930)3月建立)

大本殿
大本殿脇の精緻な彫り物が施された青銅製灯籠
大本殿から霊狐塚へ向かう参道 参道脇の霊狐塚
霊狐塚参道の鳥居 霊狐塚参道の千本幟旗
霊狐塚入口の霊狐塚 霊狐塚入口の鳥居
霊狐塚全景
霊狐塚拡大写真はこちらで
霊狐塚内の狐塚
霊狐塚社殿
およそ1000体以上の狐の石像が立ち並ぶ姿は圧巻です。
霊狐塚の古い狐さんと周囲に纏められた先代さん達
奥の院 八脚門
法堂
山門